

皮膚科で治療する病気のうち、かなりの数を占めるのがアトピー性皮膚炎です。
アトピーの場合、手持ちの駒、つまり治療法がほとんどなく、ステロイド治療を用いるしかないというのが定説でした。私自身もかつてはステロイドを強さごとにいくつか使い分けながら、アトピーの症状を抑えるような治療を続けていました。
ただ、ステロイドの最大の問題点は、塗るのをやめると症状が再発してしまうということです。急にやめたりすると、よりひどい状態になるケースも少なくありません。今から十数年前ぐらいですが、「ステロイドは危ない」という風潮が広まり、患者さんがご自身の判断で塗らなくなってしまうことがかなりありました。そうすると当然、症状が再燃したり、悪化したりしますから、そうなってあわてて皮膚科に駆け込んでくる--。そんな感じでした。
ステロイドだけでは限界がある。
とくにそう強く思ったのは、研修医時代に出会い、それ以来、ずっと仲良くさせていただいたアトピーの患者さんとの出来事があったからです。
その男性を仮にAさんとしましょう。Aさんはすでに成人で、お仕事を持っていました。症状も安定していたので、比較的弱いステロイドを塗り続けてもらっていました。ところが、例の「ステロイドの悪評」が広まったとき、やはりAさんもステロイドを塗るのを内緒でやめてしまった。その結果、症状が悪化し、別の病院に入院し、点滴治療を受ける事態になってしまったのです。
後日、私に「塗るのをやめたら、入院しちゃいました」と報告してくれたのですが、そのときに「やっぱりステロイド以外の治療法を探さなくては」と思いました。
それから新たなアトピー治療を模索する毎日が始まりました。
ちょうど反ステロイドでさまざまな民間治療が出てきた時期でしたので、その資料や書籍を読んだり、現場に見学に行ったりしました。しかし資料や本ではものすごく効果があるように書かれているのに、実際にそこに通う人たちの皮膚の状態を見たら、治っていません。やっぱりアトピーの治療にはステロイドしかないのか……。そうあきらめかけていたとき、漢方に出会ったのです。
効果がないのに多額の費用だけはとられる。そんな民間治療ばかり目にしてきたこともあり、正直言って、漢方も当初はあまり信用していませんでした。私の学生時代は大学では漢方の講義はありませんでしたし、私の周りで上手に漢方薬を使いこなしている先輩医師もいませんでした。そういったことも影響していたと思います。
たまたま、と言うより幸いと言うべきでしょうが、熱海でクリニックを構える漢方の大家、二宮文乃先生(現、アオキクリニック院長)の講演会を聞く機会に恵まれました。
そこでは二宮先生が漢方で治った症例をたくさん報告されていらっしゃいました。ここまで劇的な効果が現れるのならと、私のところに来ているアトピーの赤ちゃんを診てもらいました。どんな手を使っても症状が改善しなかった赤ちゃんでしたが、二宮先生が診たところ、たった2週間で皮膚の症状が改善。ものすごくよくなったのです。
それ以来、頭の中は漢方のことばかり。「アトピー治療には漢方しかない」と必死で勉強を始めました。
ところが、はじめはすべてにおいてとまどうことばかりでした。
そのときは専門書を中心に勉強していましたが、これまで習った医学とまったく考えが違っていましたし、それを実践するのはとても難しいことのように思われました。
さらに学生時代は医局に先輩の医師がいて、手取り足取り教えてもらっていたわけですが、今回は、漢方においては身近に詳しい先生がいない。それも漢方治療の習得を難しくしていました。
それでもそうこうしているうち、偶然、漢方治療で有名な診療所で勉強させていただくことになり、そこで診察を経験することで、少しずつ漢方の基本が分かってきました。その後、二宮先生にも教えていただける機会を得たことで、漢方を「自分のもの」にすることができたように思います。とはいっても、皮膚科で使いこなすのはとても大変であるということには変わりありませんが。
漢方薬を使い始めた当初は「この患者さんにはこの漢方」と自分なりに考え処方しても、効かないどころかかえって悪化することもありました。しかし経験とともに、ステロイドをやめられなかった重い症状の患者さんもステロイドをやめられたり、皮膚がきれいになったりしていきました。
「皮膚は内臓の鏡」という言葉を実感したのも、漢方治療を始めてからです。 西洋医学だけで診ていたころは皮膚の病態を重視していましたが、漢方を用いるようになってからは体の中で起こっていることを重視するようになりました。漢方の考え方でいくと、皮膚の病気は体の中に原因があるとされています。例えばニキビの場合、生理が不順だったり、生活が乱れていたりするとできやすい。ストレスの反応でも出ますし、胃腸が悪くても出ます。まさに体の中の「ゆがみ」が皮膚に現れたというのが、皮膚疾患なのです。
皮膚科で漢方を使うのが難しいというのは、ここに理由があるわけです。
皮膚や症状から体の中で起こっていることを把握して処方を考え、結果を残さなければならない。だから体の中のことをいかに探れるかが、治療のポイントになります。したがって皮膚の病気でありながら便通や冷え、生理の状態なども尋ねます。「どうしてそんなこと聞くのか」と不思議がる患者さんもいらっしゃいます。
かなり前のことですが、アトピーが原因で女性にフラれ、自殺未遂を起こしてしまった男性がいました。今は結婚をして、お父さんとしてがんばっているようですが、こういった悩みは男性以上に女性に大きいと思います。
実は顔のアトピーには漢方が非常に有効なのです。
小さい頃からアトピーで悩んでいたB子さん。「ずっとステロイドを塗っていたけれど、薬の影響で血管が見えてしまうくらい顔の皮膚が薄くなった。だからステロイドをやめて、ワセリンを塗ってがまんしています。」こう話してくれました。ステロイドをやめた際、リバウンド(薬をやめることで症状が悪化すること)も起こし、入院したこともあったようです。
漢方の場合、顔にでてきた症状は「気」の異常ととらえます。気とは体を維持するためのエネルギーで、「上気する」という言葉があるように、気が上に集中してしまうと、顔に症状が出てきます。緊張すると顔が真っ赤になった経験は誰でもお持ちでしょうが、あの状態をイメージするとわかりやすいでしょう。
B子さんがまさにその状態でした。お話を聞いていくと、それを裏付けるように不安感が強く、落ち込みやすい性格とのこと。また、イライラしやすい、目がさえて眠れないといった悩みもお持ちでした。
そこで、顔の方に集中した気をうまく巡らす、つまり気の異常を治す漢方薬と、皮膚の症状を抑える漢方薬を処方したところ、赤みは2週間後からよくなり始め、1ヶ月後には精神面でも落ち着きを取り戻しました。半年後には赤みもすっかりとれ、きれいな状態になりました。
このように漢方は、体の中の原因ごとに処方を考えますから、顔の症状(ぶつぶつができている、赤みが強い、ジクジクしている、乾燥しているなど)にオーダーメイドで対応することができ、結果としてB子さんのようにたいへんな顔のアトピーも改善させることができます。
こんなこともありました。
アトピーですごく皮膚が乾燥し、黒っぽくなっていたC子さんは、生理前になると決まってイライラし、下痢になる。そのたびにアトピーが悪化していました。
C子さんを診ると、どうやら婦人科系が弱そうで、ホルモンバランスが乱れているため、生理前に症状が悪化してしまうのだろうと考えられました。
そこで、皮膚の症状を改善する漢方薬のほかに、血液のめぐりをよくしてホルモンのバランスを整える漢方薬を処方したところ、1ヶ月で症状が随分改善しました。
2ヶ月後、受診に見えたC子さんは少し恥ずかしそうに「生理がこれまで不順だったけれど、ちゃんとくるようになった」と話してこられました。漢方で皮膚の状態はもちろん、婦人科のトラブルまでよくなってしまったのです。
同じような経験は、アトピーに限りません。ニキビ、乾燥肌の方でも生理痛が随分ラクになった、生理不順が治ったなどと言ってきます。
もともとアトピーの患者さんのために学んだ漢方ですが、最近は美容面でのケアにも漢方を大いに利用させてもらっています。
最近思うのは、乾燥を訴える女性がとても多いこと。それを何とかして欲しい、若々しい肌にして欲しいと言ってくるわけですが、やはり生活を変え、漢方薬で体の中から改善しないと乾燥はなくなりません。 やはり根底にあるのは、「皮膚は内臓の鏡」ですから。
私自身も今、漢方薬を飲んでいます。毎日200〜300人の患者さんを診ているわけですから、倒れるわけにはいきません。ステロイドだけに限られていた治療から、一歩も二歩も進んで漢方治療に携わったことで、こうして患者さんを治してあげられる。これが何よりもうれしく思いますし、充実感を覚えています。
注)その人の体質や症状によって、それぞれ合う漢方薬は違いますので、きちんと医師の診察を受けましょう。