

小さい頃、私はいわゆる喘息持ちで、アレルギー結膜炎やアレルギー性鼻炎も患っていました。
今でいうところのアレルギー体質だったんですね。
しょっちゅう喘息発作を起こして病院に連れて行かれたのですが、
応急処置的に発作止めの注射を打つだけで、全然、体調はよくならない。
そんな私の体を案じていた祖父は、同窓のよしみから、
漢方の大家であるある医師のところに私を連れて行きました。
「西洋薬が効かなければ漢方薬だろう」とでも思ったのでしょうね。
それで、その医師に処方してもらった漢方薬をしばらく飲み続けることになったのですが、
1年ぐらいしたら見事に喘息発作が出なくなったのです。
「あ、漢方薬って効くんだ」、子供心にそう思いましたね。
これが漢方薬との最初の出会いです。
その後、私は医師になるため、千葉大学の医学部に入りました。
医師になろうと思い始めたのは中学生の時。
自分の病気がきっかけです。教育者であり50年にわたっての多くの人たちの人生を見てきた祖父から
「このままだと長生きできない」と心配されていましたし、
私自身も「長生きするためには、自分の健康をきちんと管理しないといけないし、
病気について知らないといけない」と思っていたわけです。
大学に入って再び、漢方に出会いました。今から40年ぐらい前のことです。
当時としては珍しく、千葉大学では1年生から漢方医学の授業がありました。その上、私たちにいろいろと指導してくださったのが、6歳上の先輩で漢方に詳しい寺澤捷年(てらさわ・かつとし:現千葉大学和漢診療科科長)医師でした。寺澤医師は「一人じゃ医学の勉強ははかどらないから」と、専門の神経内科や漢方についての勉強会をよく開いていました。そこで私は漢方についていろいろと学ぶことができたのです。
漢方医学と西洋医学では病気に対する見方や概念が異なります。ですので、西洋医学だけを専門にされている医師からすると、漢方医学の概念を捉えることが少し難しいみたいです。
その点、私の場合は若くて頭の柔らかいうちに両方の見方や概念を教わってしまったので、その辺はまったく問題ナシ。すんなりと頭に入っていきました。また、小さい頃の経験で西洋医学の限界を知っていましたし、同時に漢方薬にできないことがあることも分かっていたので、「両方の医学を上手に使い分けていけばいい」。そんなふうに考えていました。
もちろん、大学で勉強をしたから、いい先輩に恵まれたから、という理由で漢方薬を使ってきたわけではありません。使ってみて、「効いた」という実感があったから、こうやって今、使っているわけです。
例えば、当院には親子三代で来られるケースがよくあります。最初にお母さんが婦人科系の病気でたずねてきて、漢方薬を処方されて飲んでいたら症状が良くなった。じゃあ、今度、子どもの体調が悪くなったら連れてこよう、おばあさんが病気になったら診てもらおう――となって、どんどん輪が広がっていく。そんな感じです。それはその根底に「効いた」という実感があるからで、まさに「人が人を呼ぶ」ということです。
当院の診察室は、入り口からイスまでちょっと距離があります。私は早足で来るとか、ゆっくりと入ってくるとか、そういった動作や足音からもその人の状態を判断していきます。そういう意味では問診に入る前から診察をしているのです。
当院に来られる人の悩みで意外と多いのは、腰痛や肩こりです。
腰痛は整形外科の病気と思われがちですが、女性の場合、婦人科系の病気でも起こります。子宮の周りにはたくさんの血管がありますが、その血管を流れる血液が滞って、漢方の考え方で言う「お血」という状態になってしまうと、腰が痛むことがある。だから女性への問診では月経について伺います。そして、そういう腰痛だと分かったら、人参湯(にんじんとう)のように、お腹を温めてお血をとる薬を処方することが多いですね。
一方、お年を召した人に多いのは、骨を支える筋肉が弱くなって起こる腰痛。筋力が弱いから運動をすればいいかと言えば、そうでもありません。腰痛がひどくなることありますし、場合によっては疲れて起きあがれなくなる。逆効果になることも少なくありません。そういう人には、補中益気湯(ほちゅうえっきとう)が効きます。昼間に力が出て、夜は心地よい疲れでぐっすり眠れる、そんないい生活サイクルを作ることもできます。
もう一つ、姿勢が悪く、体の重心がずれていることで腰痛になることも。診察時に歩いてもらったり、診察でベッドに横になってもらう際、脱いだ靴底の減り方をチェックしたりします。足の裏のタコのある場所を確認することもあります。そうすると重心が真ん中ではないことが分かるんですね。そういう人には漢方薬を処方するだけでなく、靴の中敷きなどで調整するようにアドバイスをしています。
肩こりも姿勢の悪さが原因になっていることが多いですね。
とくに最近は、OAストレスと言われているように、コンピュータを使っている人に目立って多い。同じ姿勢でいることで肩の周辺の筋肉が緊張し、毛細血管からの血液の戻りが悪くなっているのです。
そういう肩こりの場合は、芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)や桂枝加芍薬甘草湯(けいしかしゃくやくかんぞうとう)など、芍薬(しゃくやく)や甘草(かんぞう)という生薬が入った漢方薬を用いたり、慢性化している肩こりの場合なら疎経活血湯(そけいかっけつとう)を飲んでもらったりします。
同時に肩を温めたり、マッサージしたりして肩の血行をよくするように指導します。例えば入浴の場合、夏は38度ぐらいのお湯に入浴剤を入れてお風呂に入るといいとか、マッサージならその部分を温めた後に血液を流すように優しくさすってやるといいとか、かなり細かく指導します。また実際に診察室にあるコンピュータに向かってもらって、姿勢をチェックします。どんなに漢方薬やそのほかのケアをしても、姿勢が悪ければ、結局肩こりは治りませんから。
月経痛や更年期の問題など、婦人科系の悩みを持つ女性も多いですね。女性の場合、女性誌などで良く特集を組まれているために漢方薬に対してなじみがあるようですし、婦人科にかかったときに漢方薬を飲んだという経験がある人も多いので、比較的、漢方薬を希望する人が多いです。
月経痛で悩んでいたAさん(20歳後半・女性)もその一人です。身長160cm、体重45kg、体脂肪率12%というとても細身の彼女は、デパートの化粧品売り場の主任。それまで婦人科で処方してもらった消炎鎮痛薬(痛み止め)を飲んでいましたが、痛みは取れるけれど体調がかえって悪くなってしまう。そこで当院を紹介され、たずねてきたということです。
Aさんから聞いたのですが、デパートというのは1階が一番冷房が効いているんですね。外から入ってきたお客さんに合わせているらしいのです。つまりそんな冷房が強くあたっているところでAさんは1日中立ちっぱなしで仕事をしていたのです。その上、化粧品のセールスですから、お客さまの見本にならないといけないと、つねに太らないように気を使って、昼は生野菜のサラダだけという毎日。
Aさんのお話と、月経痛のほかに冷えるとお腹がゆるくなるといった症状から、桂枝人参湯(けいしにんじんとう)を処方しました。この薬はもともと月経痛ではなく、胃腸が弱い人に使われる薬ですが、彼女の場合、冷えが強く胃腸にきていた。この点を重視し、この薬を選びました。すごく体の中が温まります。
実際、飲んですぐにお腹が温まってきて、冷える感じがとれた、とおっしゃっていましたし、2回目の生理から痛みが軽くなったそうです。今はもう少し効果を高めるため、桂枝人参湯に当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)を1日1包プラスしています。
もう一つ症例をご紹介します。最近受診が多いのは、メタボリックシンドロームがらみですね。
IT会社の部長Bさん(52歳)は、頭痛と時々起こるめまいが主な訴えでした。会社の診療所で診てもらったところ、「血圧が高い」と言われ、降圧剤を飲むように、ただ血圧は改善されても頭痛や肩こりは改善されず、当院を受診しました。
話を聞くと、年がら年中仕事に追われ、会議も多い。症状が出ると市販薬を飲んでその場をしのいでいるけれど、「こんなことやっていたら良くない。根本的なところを治さないと」と奥さまに言われたそうです。実は、その奥さまが当院の患者さんだったんですね。
メタボリックシンドロームは食事や運動不足が影響しますが、実はBさんの場合、どうもそうしたものよりストレスの影響が大きい。ストレスで血圧が短い間に一気に上がり、限界を超えてしまったため、頭痛やめまいが起きていたわけです。実際、お顔を拝見すると、真っ赤に上気していました。そこで、そういうタイプの人にピッタリの黄連解毒湯(おうれんげどくとう)を毎日服用してもらい、会議中などストレスが急にかかるようなときには三黄瀉心湯(さんおうしゃしんとう)を頓服的に飲んでもらうように指導しました。
この処方で1ヵ月ぐらい続けてもらうと、「気分的に落ち着いてきて、頭痛やめまいもなくなった」とBさん。その上、胃の痛みや下痢まで良くなり、「これまでお酒をちょっと控えていたけれど、今ではすっかり飲めるようになった…」とも、これではかえってマイナスだねと、笑い合ったことを覚えています。
東京の武蔵野の地にクリニックを開くまでの13年間は、北陸の富山県で開業していました。都内に移った理由は一度仕切り直したいということと、体を少し休めたいということからです。
富山では予約制ではなかったため、患者さんが集中してしまった。最終的には一人あたり10分ずつ診て、それでも朝の9時から夜の10時までかかってしまうほどでした。患者さんに目が届かなくなってしまう心配もありましたし、何より自分の体がもたなくなってしまったと言う理由もありました。そこで、こちらでは予約制にし、患者さん一人あたり20分かけて診ています。
今、最もやりたいことは、漢方をもっと一般の人に定着させたい、浸透させたいということ。そのためネットワーク作りを始めています。
私の考えるネットワークとは、患者さんへのサービスのためのネットワークです。患者さんは治療のためであれば遠方からでも来られる。そういう患者さんにより近い場所の医師を紹介するというのが、患者さんのためのネットワークです。例えば当院には埼玉県や千葉県からわざわざ足を運んで来られる人がいますが、そういう患者さんには「埼玉県の○○病院には○○先生がいるから」「千葉の○○医院には○○先生がいるから」と紹介してあげられます。もちろん逆のこともあります。
ネットワークは、私と同じような治療を同じ考え方に基づいて行なっている医師で構築されるのが大前提。このネットワークが着実に浸透して、一般の人たちが漢方をもっと親しんでくれるようになること。それが私の希望です。
注)その人の体質や症状によって、それぞれ合う漢方薬は違いますので、きちんと医師の診察を受けましょう。