

漢方薬を使い始めたのは昭和53年、漢方について勉強を始めたのは、その2年前の昭和51年です。なぜ、こうもはっきり覚えているかというと、医療用漢方製剤が健康保険で使えるようになったのが、昭和51年だったからです。
若いころから東洋の思想に興味があり、色々な書物を読んでいたのですが、その経緯のなかで漢方薬による治療、漢方医学を知りました。私自身、内科医だったこともあって、漢方医学の考えに非常に興味を覚え、勉強を始めたわけです。
最初に漢方薬を使って治療をしたのは、私の父です。
当時、父は76歳。腸閉塞という病気のため、発作を年に2、3回繰り返していました。腸閉塞は便秘が原因のことがありますが、父の場合、あらゆる下剤を飲んでも便秘が一向に治らない。それどころか、おなかはしぶる、腹痛がひどくなるといったように、苦しむだけでした。消化器に詳しい仲間の医師に診てもらうと、「“がん”はないが、便秘による重症の腸閉塞なので手術が必要」とのこと。そこで、高圧浣腸という治療をときどき行いながら、手術のタイミングを計っていました。
ちょうどそのころ、漢方を独学で学んでいた私は、少しずつ知識も身に付き、そろそろ漢方薬を使ってみたい、臨床現場で活かしたい。そんな思いにかられるようになっていました。
ただその一方で、私も西洋医学を学んだ一人。正直言って、伝統的な医療である漢方をあまり信じていませんでした。それでも父の状態が少しでも良くなれば、“めっけもん”とばかり、八味地黄丸(はちみじおうがん)という漢方薬を飲ませました。
すると、どうでしょう、なんと服用後2日目に便が出て、3日目からちゃんと通じがつくようになったのです。父も「スッキリして気持ちよい」と漢方薬を欠かさず飲むように。87歳で亡くなりましたが、それまで、腸閉塞の発作は1回も起こしませんでした。
八味地黄丸を飲んで改善したのは、腸閉塞だけではありませんでした。さまざまな症状が良くなったのです。
まず「頻尿」です。父は夜間頻尿がひどく、夜中は 30分から1時間に1回、トイレのために起きなければならないほどでした。それが八味地黄丸を飲んで以来、一晩で1、2回までに減ったのです。また足腰が弱く、ヨタヨタした歩き方をしていたのがウソのように、スタスタと歩くようになりました。父が転ばないか心配でいつも付き添っていた母も、かなり驚いていました。さらに老人特有のガサガサした皮膚がツヤツヤになりました。
近所では「本間さんのご主人は若返った」と評判となり、それを聞いた父はかなりよろこんでいたようでした。
漢方の視点から考えると、父の腸閉塞は腸内の「水」(すい:体内の血液以外の水分の総称)が減って腸が乾燥し、それで便が動かなくなって腸閉塞を起こしたということになります。八味地黄丸によって腸内が潤ってきたため、便の通りがスムーズになったのだと思います。肌が潤ったのもそのためだと思います。
ともかく、この経験で“漢方薬って何者だろう、西洋薬って何だったのだろう”と思うようになり、西洋薬の限界を痛感したとともに、もっと深く漢方を知りたくなったのです。そして今まで以上に漢方医学を勉強するようになりました。漢方にのめり込んでいったのです。
ただその一方で、なかなか大学病院では漢方薬を使えず、苦労しました。漢方の古典を持っていたら、「漢方を勉強していることは、絶対に医局の他の人の耳に入らないようにしろ」と忠告されましたし、「(漢方を勉強していることを)教授に知られたら、ここ(医局)にはいられない」と言われたこともあります。
健康保険が適用されていても、漢方薬は知名度がほとんどなく、使う医者は異端児扱いだったところがありました。
※この当時の様子を含めて漢方の歴史についてこちらで詳しく説明しております。
そのような理由もあり、医局には漢方に関する本は持っていきませんでしたし、漢方薬を処方するときも外来でこっそりやっていました。
しかし、効くものは効く。それが評判になり、「漢方薬を飲んでみたい」。そう言って訪ねてくる患者さんが増えてきたのです。
こんな方がいらっしゃいました。
ある航空会社に勤務する方から相談を受けて診察したのが、その部下の女性Aさん(20代)でした。
彼女はとてもひどいニキビに悩んでいました。相談をしてきた上司も「この状態ではカウンター業務は難しい」とおっしゃっていましたが、実際にAさんに会うと、上司が話していたとおり、顔中ニキビだらけ。その上、悪化していて白い膿胞(のうほう)もいたるところにできていました。本人もこのひどい状態をとても悩んでおり、いろいろな病院で治療を受けたがよくならず、「このままなら会社を辞めなければならない」と話しておられました。
そこで私は彼女に清上防風湯(せいじょうぼうふうとう)を処方しました。
清上防風湯は皮膚が赤く熱を持ち、腫れているという場合に使う漢方薬。彼女の状態がまさにその状態に合っていたためです。ただ、治る前に一時的に悪化する瞑眩(めんげん)が起こる可能性もあったので、それをAさんに説明し、「たとえ悪くなっても、僕を信じて絶対に服用を止めないで」とお願いをして漢方薬を1週間分お渡しました。
そして1週間後。彼女にお会いして、とても驚きました。あんなにひどかったニキビがきれいさっぱりなくなっていたのです。Aさんは、「先生がおっしゃるとおり3、4日目にニキビが悪化して大変でした。でも、先生の言葉を信じて飲み続けました。そうしたら5日目からスーッとニキビが消えて、よくなってきたんです」と満面の笑顔で話されました。
そんな彼女の姿を見て、「この子は漢方薬の実力を私に示すために神様が連れてきたのではないだろうか・・・」。そんなふうに思ったことを今でも覚えています。
こんな患者さんも診ました。
脱毛症に悩む大学の研究生Bさん(28歳)です。彼は2年ほど前から皮膚科で治療を受けていたものの、強い薬のせいで副作用が出てしまい、治療が継続できなくなってしまった。たまたまご自身の研究テーマが生薬だったことから、噂を聞きつけて、来られました。
Bさんを見ると、頭部だけでなく眉にも毛がありません。「そろそろ僕も結婚を考える年齢になった。だけど、これでは無理です。何とかして欲しい」と必死に訴えておられたBさん。とてもハンサムで態度も良い好青年だっただけに「確かに髪があれば・・・」と思わずにはいられませんでした。
ただ、何とかしてあげたいと思ったものの、脱毛症は私にとって初めてのケース。おまけに診察しても健康そのもので、悪いところがありません。
「あなたは十分健康であって、脱毛の原因が見つからない」。そう遠回しに治療ができないことを伝えても、彼はあきらめません。そこで古典に柴胡加竜骨牡蛎湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)が合うと書いてあったことを思い出し、それを処方してみました。
しかしBさんの場合、ふつうは2週間から2〜3ヵ月で現れるはずの効果が現れず、他の薬も使っているうちに1年経ってしまいました。こんなことは今までになかったことでした。
さすがに私も「これ以上、飲んでいても効果は出ないと思う。もう勘弁して欲しい」と音を上げました。するとBさんは人が変わったようにカッカ、カッカと怒り出し、大声で「先生は僕の気持ちを理解してくれていない!」と怒鳴ったのです。
そこではっとしました。この人は頭に血が上りやすい性格であり、この「頭に血が上りやすい」というのは、まさに漢方処方を決める手がかりとなる「証」のひとつでした。Bさんが怒り出したことで、初めて彼の本当の「証」が分かったのです。
そういうことであれば、柴胡加竜骨牡蛎湯だけでなく、黄連解毒湯(おうれんげどくとう)を併用する必要がある。そう思った私は彼に2剤の漢方薬を飲んでもらうことにしました。 すると予想通り、3ヵ月ぐらいすると毛が少し生えてきたのです。このときのBさんの喜びようは相当なもの。もちろん私も彼に負けないくらいうれしかったですね。最終的にそれから3ヵ月ぐらいですっかり毛が生えそろい、見事に脱毛症を克服したところで治療を終えました。
大学病院での勤務を辞め、クリニックを開業してから6年あまり経ちます。私の専門は呼吸器ですが、風邪や気管支喘息などに限らず、アトピー性皮膚炎、湿疹、膠原病など、クリニックにはいろいろな悩みを持つ方がいらっしゃいます。大学病院で知り合った医療関係者も診ています。
意外と多いのは看護師の方々。看護師の仕事はとても大変で、心身共に負担が大きい。体調を崩しやすいのかもしれません。だから受診する方が多いのでしょう。看護師を辞めた方もクリニックにいらっしゃいます。
ここで漢方治療をやっていることから、ほとんどの患者さんが「漢方薬で」とおっしゃいます。しかし、私は決して漢方薬での治療にこだわっているわけではありません。漢方薬でも西洋薬でも、患者さんが治ればそれでいいと思っています。
ただ、今は漢方薬で治る方が圧倒的に多いので、使う頻度が高くなっているだけです。漢方の良さって何ですかと聞かれたら、こう答えるでしょう。「患者さんが治るから」。ただそれだけです。こう言うと、ちょっと大げさに聞こえるかもしれませんが、これがこれまでの経験から得た実感です。
気が付いたら私も70代。父が初めて漢方薬を飲んだ年齢に近づいています。少し前から父が飲んでいた八味地黄丸を飲んでいます。やっぱり親子なのですね。体質が父と一緒だったのです。
八味地黄丸を飲み始めたら、悩みの種だったむくみや疲れがとれただけでなく、視力も良くなりました。今でもほとんどメガネは使いません。また気力、体力ともに若返った気がします。まだまだ若い人には負けません。
八味地黄丸のほかに四逆散(しぎゃくさん)も飲んでいます。こちらは免疫力をつけるため、イライラしないようにするためです。ストレスが溜まると、すぐに胃腸の調子が悪くなってしまうのですが、四逆散を飲んでいるとすこぶる調子がいい。この2剤は今の私にぴったりの薬です。
現在、クリニックで患者さんを診るのと同じくらい、力を入れているのは、漢方薬の認知です。とくに大学病院の若い医師に知ってもらい、使ってもらいたい。
私が漢方薬を使い始めたころは、とにかくいろいろな障壁がありました。でも今は違います。状況はかなり良くなっているように思います。ときどき大学で漢方の講義をしますが、医学生の反応がとてもいい。私の話に熱心に耳を傾けてくれるのです。大学に限らず、今、漢方医学や漢方薬に興味がある若い医師がいっぱいいるという話も聞いています。うれしい限りです。
漢方薬は本当にすばらしい薬です。この良さを伝えることこそが、私のライフワーク。少しでも多くの人にこの経験を語り聞かせていければと思っています。
注)その人の体質や症状によって、それぞれ合う漢方薬は違いますので、きちんと医師の診察を受けましょう。