

今でこそ漢方の有効性を感じ、漢方薬を処方していますが、以前は漢方医学や漢方薬について、「まったく効かないもの」「得体の知れないもの」というイメージ。決していい印象は持っていませんでした。母は鍼灸や漢方の先生に診てもらっていましたが、それでもなお、「何だか、うさんくさいなぁ」という感じでした。
医学部を卒業した私は、外科医を目指し、血管を治療する血管外科の道に進みました。そして、血管外科医として一人前になってからは、多くの患者さんの病気を、メスを使って治してきました。その頃の私は「血管外科の治療なら誰にも負けない」という自負があり、手術で治すことにやりがいを感じていました。
しかし、20年近く医師をやっているうちに、西洋医学や西洋薬、手術だけでは治せない病気や症状があるということを実感するようになったんですね。しかも、そういう患者さんに限って、「いろいろな病院や診療科で診てもらったけれど治らない。だからここを紹介されて来た。何とかしてほしい」と切実に訴えるのです。
血管外科医の場合、5年ぐらい専門でやっていると、その症状が自分の領域(血管外科の領域)かどうか判断が付くようになります。ですから、若いころはいくら患者さんが「治してほしい」と訴えておられても、手術が向かない(適応にならない)ときは、「すみません。私では治せません」と言って、帰ってもらっていたのです。
これは血管外科医としては仕方なかったことなのかもしれません。しかし、患者さんからしたら、「せっかくここまでたどり着いたのに、どうして治せないんだ」となりますよね。そして何より私自身、こうした状況に納得できなくなりました。「医師なのに、患者さんを治すことができない。それではプロと言えないのではないか」と、強く思うようになったのです。
今から考えると、私が専門とする血管外科という分野は、消化器外科に対する消化器内科、心臓外科に対する循環器内科というような、“血管内科”という存在がありません。“内科の相方”がいないのです。だから、たとえ外科医であっても“血管内科”的な治療が必要な患者さんを診ることになります。
私は「足がしびれる」「冷える」「腫れている」といった、手術を必要としない不定愁訴を訴える患者さんをたくさん診ていくなかで、メスや西洋薬剤のほかに、もう一つの“手段”が欲しくなっていきました。
実はもう一つ、自分がやっていた医療に限界を感じるきっかけがありました。
それは今から7年ぐらい前に始めた「セカンドオピニオン外来」での体験です。今はもうやっていませんが、当時は週に2回、木曜日と土曜日の2日間、患者さん一人に1時間ぐらい時間をとって話を聞いていました。今でこそセカンドオピニオンは聞き慣れた言葉で、多くの医療機関に設置されていますが、私が全国で先駆けて始めたときは、セカンドオピニオンという言葉自体新しく、興味ももたれたということもあり、多くの患者さんが全国各地からやってきました。
そして、やはりここでも症状が取れない患者さんがたくさん訪ねてきて、西洋医学の治療だけでは治せないことがあることを、痛感させられたわけです。
こうして西洋医学に限界を感じていたときに出会ったのが「漢方」です。
漢方の講演を聴いてみたら、「得体の知れないという印象は変わらないが、これだけ多くの人が漢方薬を利用しているのなら、きっと悪いものではないのだろう」というふうに考え方が変わっていったのです。
そして、漢方を本気で学ぼうと思ったのが今から5年ぐらい前。漢方の大家、松田邦夫先生(松田医院)のもとで勉強を始めたのが3年ぐらい前です。
漢方という治療手段が増えたことで、ありがたいな、と思うことがたくさんあります。
その一つは、「困っていることは何ですか?」と患者さんに聞けるようになったことです。
相手に自由に答えてもらう質問の仕方を、専門的には“オープン・クエスチョン”と言います。「困ったことは何?」と聞けば、「昨日から下っ腹が痛い。熱もあります」とか、「仕事が忙しくて、疲れが取れなくて、眠れない」とか、「のどのあたりがつまった感じがする」というように、患者さんは自分の言葉で症状を話すことができます。
ちなみに、西洋医学は漢方のオープン・クエスチョンとは対照的で、“YES、NO”で答えられる“クローズド・クエスチョン”をすることが多くなります。「ここは痛みますか?」とか、「眠れますか?」という質問ですね。これは、いかに専門の病気に関する内容に質問を集中させるかが大切なので、こういう聞き方をするのです。また、クローズド・クエスチョンは答えが端的なので、限られた時間に診療を終わらせることができます。短い時間にできるだけ多くのことを知るにはいい方法なのです。
ではなぜ、漢方ではオープン・クエスチョンなのでしょう。それは漢方がその人の症状を重視し、症状から病態を把握して、漢方薬を処方するからです。
外科医をメインにしていたときはクローズド・クエスチョンをすることが多かったので、漢方を始めた当時は、患者さんはどんなことを訴えるのだろう、どんなことを話すのだろうと、身構えていたこともあります。しかし、今はもう躊躇することなく、「何、言っても大丈夫だよ」「遠慮なく、困ったことを話してください」と患者さんに言っています。
松田先生に漢方を教わり、最初に自分自身で漢方薬を試しました。漢方薬とはどういう薬なのか身を以て経験したかったということもありますが、何より実は、当時、体調があまりよくなかったんですね。
体重は今より約15kg重くて、84kgぐらいありましたし、ウエストも93cmで完全にメタボでした。血圧も少し高く、肩こり、イライラ、不眠、胸に突き上げる感じ・・・と、まさに不定愁訴がいくつかあったんです。
それで自分で証を判断し、大柴胡湯(だいさいことう)と桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)を服用しました。それから3年ぐらい経ちますが、体重も血圧も下がりましたし、不定愁訴も消えました。今はいたって健康です。
家族にも漢方の実験台になってもらいました。最初に処方するには家族が一番いいんですよ。なぜなら、効かなければすぐに文句を言いますからね(笑)。
子どもには1、2歳のときから漢方薬を飲ませています。今、子どもは5歳ですが、熱が出たら麻黄湯(まおうとう)、お腹が痛くなったら小建中湯(しょうけんちゅうとう)、鼻水が出たときは小青竜湯(しょうせいりゅうとう)を自分で取りにきます。飲めば治ることを知っているんでしょうね。その3つの処方は表面に書いてある製品番号も知っていますよ。
妻は、お通じをよくするために大建中湯(だいけんちゅうとう)を飲んでいます。最近、加味逍遥散(かみしょうようさん)も飲むようになりました。月経前は桃核承気湯(とうかくじょうきとう)や補中益気湯(ほちゅうえっきとう)を体調に合わせて飲み分けています。
同居している母も漢方薬を飲んでいます。無菌性膀胱炎の症状は猪苓湯(ちょれいとう)を飲むとすぐによくなるそうです。膝の痛みに対しては、以前は防已黄耆湯(ぼういおうぎとう)を、今は大防風湯(だいぼうふうとう)を飲んでいます。
ということで、今ではすっかりわが家も漢方一家に。漢方薬を上手に使いながら、元気に暮らしています。
ここで、私が考える漢方のよさを5つ挙げます。
それは、①健康保険が適用できる、②医師の指導により使用できる、③その人の体質に合えば効く、④病名が不要、⑤医者が治そうと思っていない症状も治る、です。
このうち④と⑤がとくに重要です。
西洋薬の場合、診断から病名を付けて、それに応じた薬を処方します。漢方薬の場合は症状に応じて薬を処方するので、病名をつける必要がありません。また、西洋薬は1つの病気に対して1つの薬を処方するのが基本なので、糖尿病と高血圧と、膝の痛みと・・・と病気が複数になると、それだけたくさんの薬を飲まなければなりませんが、漢方薬の場合は、1剤で済むこともあります。西洋薬を否定するわけではありませんが、やはり薬は少ない方がいいですよね。
また、⑤はイメージがつかみにくいかも知れませんが、具体的に私自身の例で話すと、「大柴胡湯(だいさいことう)を飲んだら、体重が減っただけでなく、肩こりも花粉症もラクになって、血圧も下がった」ということです。僕の例に限らず、「風邪をひきにくくなった」というのは、皆さん口を揃えておっしゃいますね。
おもしろいことに、体力をつける補中益気湯(ほちゅうえっきとう)を飲んでいる人は当然、風邪をひきにくくなりますが、半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)という風邪とはまったく関係ない漢方薬を飲んでいる人も、同じようなことを言います。
これはなぜかというと、病名という概念がなかった昔の人たちは、不調を体全体の問題ととらえ、それを治そうとしたからです。そして、そのためにはどんな生薬をどれくらい混ぜ合わせればいいかを、長い実体験の中で築き上げていったのです。
漢方薬そのものに“その人の体全体を治す”力があるわけですから、風邪をひきにくくなるなど、訴えている症状以外の部分の調子がよくなっていくのは、ある意味、当然なのですね。逆の見方をすると、複数の生薬を用いることでその人に一番いい状態に導くのが、漢方薬なのです。
私は漢方外来ではなく、血管外科の外来のなかで漢方薬を使っています。
「漢方外来」と標榜してもいいと思いますが、それでは漢方に興味がない人は来てくれません。だけど、血管外科なら漢方好きも、漢方のことがまったく頭にない人も、嫌いな人もやってきます。外来で「漢方薬を飲んでみますか?」と聞くと、4分の3は「飲んでみます」と即答します。残りの4分の1も、初めは「やめておきます」と断りますが、「漢方薬を飲むと治りますよ」と話すと、「先生が言うなら、飲んでみます」と承諾してくれることがほとんどです。「絶対飲みたくない」と一貫している人は少ないですね。
私はまだ漢方を勉強中の身、松田先生のような処方の仕方はまだまだできません。しかし、私の経験で打率のよい漢方薬がいくつかあるので、まずはそのなかから使います。
それで100%治るかと言えば、そうではありません。
私は患者さんに必ず、「漢方薬はいろんな症状が治るけれど、自分にあった漢方薬に巡り会うまで、いくつか薬を変える必要があるよ」とお話ししています。「いくらでも札はあるから。あなたのことを一生懸命、治したいと思うから、一緒にがんばっていこう」と。
そう言うと、やっぱり漢方って・・・と思われる方もいるかもしれません。が、違います。漢方は長い歴史の中で生き残っている医療ですから、時間はかかるかもしれませんが、その人に合う処方が必ずあるはずです。それを医師と患者さんで見つけていくことが大事なのだと思います。
日本は漢方薬を健康保険で処方してもらうことができます。しかも医師の診察のもとで使えます。これってうれしいことですよね。ただ、そういうことを知らない人も多いのです。テレビ番組に出演すると、「え、漢方薬って保険が使えるんですか?」って驚かれるぐらいですから。まだ啓発活動が足りないのかもしれませんね。
もっと漢方の認知度が上がって、漢方薬で症状が改善し、ハッピーになれる患者さんが増えることが、今の僕の喜びですね。
注)その人の体質や症状によって、それぞれ合う漢方薬は違いますので、きちんと医師の診察を受けましょう。