

現在、専門である微生物学免疫学と感染症学について教育と研究をする一方、大学の付属病院東洋医学科で患者さんを診ています。同科には医師が8名、鍼灸師が6名いますが、予約は1カ月以上先まで埋まっている状態。東洋医学を必要とする患者さんの多さに驚いています。
東洋医学というのは、中国本土で脈々と発展を遂げたもの、あるいは中国から渡ってきて日本で発展した伝承医学をまとめた呼び名のことで、漢方薬を使った漢方医学や、鍼灸(しんきゅう)、あんま、指圧なども東洋医学に含まれます。
ただ、同じ東洋医学でも、今の日本では漢方薬による治療は医療のひとつとして認められていて、病院で処方してもらうものに関しては、ほかの薬と同じように健康保険が適用されます。一方、鍼灸やあんま、指圧などは原則的には医療行為ではなく、鍼灸師や柔道整復師などの専門家がそれぞれ独自に行ってます。
そもそも、私が東洋医学に興味を持ち始めたのは、今から30年ほど前。研修医のときでした。
当時、研修医は一人の患者さんを上級医の指導の下、つきっきりで診るのがふつうで(注:現在は各科を回って、広く浅く治療に関わる)、私も何人かの患者さんに付いていましたが、そのときに患者さんの悩みや訴えに今の医療では応えきれないことがあるということを感じておりました。
例えば、「痛い」「熱がある」という症状なら、解熱薬や鎮痛薬を用いて治療をすることができます。ところが、「のどに何か引っかかっている」「胸がつまるような感じがして苦しい」といった症状には有効な治療がなく、診察や検査をして問題がなければ、「様子を見ましょう」と言うしかありませんでした。
患者さんの苦痛を和らげたいが、できない――。そんなジレンマを抱えていたとき、たまたま「漢方は個々の症状に合わせた治療ができる」という話を医療関係者から聞きました。それまでの私の漢方薬に対する認識は、「保険適用になった薬」という程度。使っている医師がまわりにいなかったこともあり、正直、漢方薬がどういう薬なのかよく分かっていませんでした。ただ、もともと好奇心が旺盛で、「患者さんのためなら・・・」という気持ちも強かったので、漢方のことを知りたいと勉強会に参加するようになりました。
漢方薬のすごさを、身をもって感じたのは、その後しばらくしてからです。
その後大学院博士課程に進み忙しい毎日を送っていたせいか、あるとき、いきなり高熱におそわれたんですね。すごい熱で、通常の体温計で測ったら、体温が高すぎて測定不能。仕方なく一般の寒暖計で測ってみたら、42度を超えていました。病院で血液検査などをしても原因は分からないし、抗菌薬や解熱薬、ステロイド薬などを使っても、熱はいっこうに下がらない。体は自由にならず、息をするのも大変で、あのときはさすがに「僕はこのまま死ぬかも知れない・・・」と覚悟しましたね。
ただそうはいっても、私も医師の卵。自分の病気くらい何とかしなければと、たまたま手に取ったのが、漢方医学の本でした。熱でもうろうとした頭でページをめくっていくと、なんとそこには自分が今まさにおかされている症状と、それに有効な漢方薬の処方が載っているではありませんか! 言うまでもなく、その漢方薬を試しました。
翌朝、目が覚めると体が少し楽になっていたので、体温を測ってみたところ、42度だった体温が41度に。「もしかしたら、治るかもしれない」。そう思ってその漢方薬を飲み続けたところ、毎日1度ずつ体温が下がり、10日ぐらいで平熱に。どんな薬を飲んでもダメだった高熱が、漢方薬で下がったのです。
さらにその2年後。自分とまったく同じ症状の人と出会ったのです。
いつものように診察をしていた私のところに、私の高熱の件を知っている医師がやって来て、「“あの治療”を知り合いの大学生にしてほしい」と言うのです。よくよく話を聞くと、その大学生はまさにあのときの私のように高熱で苦しんでいるとのこと。すぐにお宅に伺うと、大学生は熱にうなされ、憔悴しきった様子で、布団で寝ていました。まさに生きるか死ぬかの状態でした。
診察をして、これは自分が経験した病態と同じであると感じた私は、漢方薬を飲ませました。するとやはり翌日から熱が下がり始め、10日もしないうちに元気を取り戻したのです。ただ、その学生はその後髪の毛が全て抜け落ちるという状態に陥りましたが、その後完全に回復し今も元気です。
どうして、原因不明の高熱が漢方薬で治ったのだろう。ぜひとも研究して、謎解きをしなければ――。そしてまず私が目を付けたのは、もともとの専門である「免疫」のはたらきでした。漢方薬は生体反応を調節する、つまり「免疫を調整する薬」ではないかと考えたのです。
身近な病気の一つにインフルエンザがありますが、インフルエンザにかかった患者さんのなかには、重症の人もいれば、軽症の人もいます。同じウイルスに感染したのに、現れる症状の程度が人によって違うのです。これは「症状が出る原因はウイルスが持つ毒性だけど、症状の強さはウイルスに対する体の反応の強さで決まる」からではないでしょうか。
そして、この反応が強いと命に関わることもあります。1918年に流行した「スペインかぜ」では、世界では何千万人、日本でも30万人以上が亡くなったと言われています。不思議なのは、亡くなった人の多くは青壮年で、高齢者や子どもではありませんでした。壮健で頑丈な人たちがバッタバタと倒れていったのです。これは間違いなく、スペインかぜの原因であるインフルエンザウイルスに、体が過剰に反応したため壮健で頑丈だったがゆえに、反応が強く出てしまって、死を招いてしまったのです。
では、こうした反応を無理矢理、抑え込んでしまえばいいかといえば、そう単純ではありません。何事にも“程度”が大事なのです。そういう意味では、漢方薬は高熱のような重病にも、ちょっとした症状にも対応できる、つまり病気の内容によって生体の闘う力を調整する「免疫調整薬」なのです。
漢方薬は免疫調整薬である――。この仮説が正しいか、いろいろな本で調べたのですが、残念ながら答えは載っていませんでした。載っていないなら自分で確かめよう。そう思い、病院勤務がない土曜日だけ別の病院で患者さんを診ることになりました。実際に自分の考えに基づいて処方してみると、驚くほどよく効く。おかげで患者さんがどんどん増えて、朝から晩までかかって1日に100名以上の患者さんを診たこともありました。
大学院を修了した後、しばらく東洋医学から遠ざかっていました。というのも、渡米して、アメリカの国立がん研究所(NCI)の客員研究員となり、エイズワクチンの開発に携わっていたからです。当時NCIは最先端の抗がん薬の開発などを進めていましたが、エイズワクチンに関しては袋小路の状態。そのようななかで、エイズワクチンの開発をしろというのですから大変でしたが、いい上司にも恵まれ非常に充実した毎日を送っていました。
日本に戻ってきたのは、3年後です。帰国した理由はいろいろありますが、そのなかの一つに、東洋医学の学習を再開したいということもありました。
帰国してからもエイズ関連の仕事に忙殺され、なかなか東洋医学に集中することができませんでしたが、それでも少しずつ研究を続けていきました。そして漢方薬が現代人に必要な薬であることを再認識したのです。
現代は、粟(あわ)や稗(ひえ)といった五穀や野菜を食べていた時代とは違い、肉や脂っぽい食事が多く、エネルギーを必要以上に摂りすぎています。昨今話題になっているメタボリックシンドロームをみてもお分かりでしょう。
摂取した過剰なエネルギーは、“脂”として溜まっていきます。そして、その多くは使われないまま古くなり、“脂汚れ”となって体内にこびりつき、さまざまな病気の原因になります。”脂”が溜まらないようにするには食事の量を減らすなどすればいいのですが、すでにこびりついてしまっている“脂汚れ”はなかなか落とせません。私は、漢方薬には“石けん”の役目をしている成分が含まれていて、こびりついたがんこな“脂汚れ”を落としてくれると考えています。
うれしいことに、“脂汚れ”をきちんと取っておけば、体に脂が溜まりにくく病気にもなりにくい。“脂汚れ”がこびりついた状態が東洋医学で言う「未病」かも知れないと考えています。
今の日本の医療でも、コレステロール(脂)が高い人には、コレステロールを下げる抗コレステロール薬が処方されます。これもある意味、未病に対する治療と考えられます。ただ、私としては一時的に西洋薬を飲むのはいいと思いますが、長期的に考えると、こうした薬剤と併用するか、あるいは単独で漢方薬を使っていくのが良いのではないかと思っています。
免疫調整薬でもあり、脂という汚れを落としてくれる薬でもある漢方薬。一方、東洋医学が生み出された時代と今とは、食生活をはじめいろいろなことが変わっています。だからこそ、現代にあった使い方というのも研究していかなければなりません。
そのためにはまず、私たち医師がイマジネーションを働かせつつ、患者さんから学んだ経験をもとに漢方薬を用いていかなければならないでしょうし、それに加えて、これまでの日本の東洋医学の考え方を一歩も二歩も深めていくことも必要だと思っています。また、免疫学などの研究や、日本の鎖国時代に発展していった中国の漢方薬の使い方・考え方、つまり広い意味での「東洋医学」を研究していくことも大切でしょう。そこまで徹底しないと、「漢方薬はなぜ効くのか」「現代人の病気にどんな漢方薬を使ったらいいのか」という答えが出せないのです。
うれしいことに、次世代を担う最近の若い西洋医学に精通した医師は、漢方薬、そして東洋医学にとても興味を持っています。
私のいる大学には、教師が自由にテーマを掲げ、学生はそのなかからやりたい学問を選択するという自主学習制度があります。私は自分自身の勉強という意味もあって、東洋医学の授業を行っています。初年度は数人程度しか集まりませんでしたが、次第に「高橋先生がおもしろいことを教えてくれる」「漢方薬や、鍼も教えてくれる」という話が広がり、今では100人の医学生のうち毎年15〜20人ぐらいがこの授業の受講を希望するようになりました。
授業では講義だけでなく、薬草園を見学したり、私が診察を担当している患者さんから体験談を聞かせてもらったりと、さまざま。学生たちは身を乗り出して、授業を受けていますし、私にしても、新たな事実が次々に分かって、本当に興味は尽きません。
漢方薬がなぜ効くのか――。研修医時代に疑問に思ったこのテーマの答えを見つけるため、これからも診療、研究を続けていくつもりです。