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インタビュー

漢方はがん治療のサポーター

日本人の2人に1人ががんになる時代。がん医療はどんどん進歩し、手術、薬物治療、放射線治療といった従来の治療だけでなく、がんの進行や治療によって生じたさまざまな苦痛をとる治療(緩和医療・支持療法)にも注目が集まっています。
実は、この「苦痛をとる治療」、あるいは「“がんと共に生きる”を助ける治療」で、期待されているのが漢方です。がん医療で漢方ができることについて、東北大学大学院医学系研究科婦人科学分野教授の八重樫伸生先生にうかがいました。

子宮頸がんでは子宮を残す手術が可能なことも

--本日は、婦人科医として長年、第一線で活躍されており、また婦人科がん患者会「カトレアの森」の顧問を務めておられる八重樫先生に、「婦人科がんの現状」と「漢方ができること」の2つについてお話を伺います。まず、子宮頸がんについてですが、その現状について教えてください。

八重樫先生:
子宮頸がんは、子宮がん検診などが普及した結果、全体的には減少傾向にあります。しかし、若い人たち、とくに20代後半から30代では増えています。子宮頸がんの原因は、性交渉によるヒトパピローマウイルス(HPV)による感染です。昔に比べて今は、若いうちに異性との関係を持ったり、「生涯一人の男性とだけ」ということもなくなってきていますから、感染しやすい環境にあるのだと思われます。

--若い人ががんになると、出産や妊娠などの問題も出てきますよね。

八重樫先生:
その通りです。子宮頸がんのことを別名で「マザーキラー」といいます。これは、若いお母さんの命を奪う病気という意味なのですが、それとともに、お子さんを産むことをあきらめる……母性(マザー)を失う病気という意味もあります。

--「マザーキラー」ですか。悲しい言葉ですね。でも、今は予防や早期発見もできるんですよね。

八重樫先生:
100%ではありませんが、HPVワクチンの接種で予防が可能になりましたし、子宮がん検診を受けることで、がんを早期の段階で発見することもできます。早期で見つかれば、がんにかかったとしても、子宮を残せる可能性があります。
→ 「先生の健康アドバイス」で水野美香先生が解説しています

--それは、これから赤ちゃんを産みたいと思っている女性にとっては、救いです。

八重樫先生:
子宮を残す手術としては、がんができた子宮の入り口(頸部)だけ円錐状に切除する「円錐切除術」や「広汎性子宮頸部摘出術」といった方法が、一部の医療機関で行われています。また、以前はがんが転移するのを防ぐため、子宮頸部の周辺のリンパ節をすべて切除していましたが、最近は「センチネルリンパ生検(がんが真っ先に行き着くリンパ節を2、3個採取し、がんがあるかどうかを調べる)」をして、がんが見つからなければ残りのリンパ節を取らないという方法も始まっています。これにより、不必要なリンパ節切除を防ぐことができます。

--リンパ節を残すと、どんなメリットがあるのですか?

八重樫先生:
リンパ節は免疫や組織への浸出液の排液などの働きを持つ大切な器官なので、それを切除してしまうと、リンパ液などが滞ってむくむ「リンパ浮腫」を起こします。重い、だるいといった症状のつらさもさることながら、象の足のように腫れるわけですから、見た目の問題もかなり大きい。リンパ節を残すことができれば、少なくともリンパ浮腫は防げますから、患者さんにとってもメリットは大きいと思います。

--子宮を残す、リンパ浮腫を予防するなど、子宮頸がんはいろいろな意味で「がんを取った後のことを考えた治療」ができつつあるのですね。

八重樫先生:
治療の進歩はもちろんですが、検診や診断法も含め、トータルな結果として患者さんのQOL(生活の質)を考えたアプローチができるようになってきました。

低侵襲手術が世界的に始まっている子宮体がん

--子宮体がんはどうでしょうか。

八重樫先生:
子宮体がんは50代、60代に多く、患者さんの数は増えています。子宮頸がんと違い、長期的に女性ホルモン(卵胞ホルモン)の刺激を受けることが、原因の一つとされています。危険因子は、肥満や高血圧、高脂血症などです。

--早期発見は可能ですか? どのような治療がありますか?

八重樫先生:
子宮体がんの検診も子宮がん検診に含まれています。何より子宮体がんは進行が比較的遅く、不正出血などの症状が出てから検査を受けても、7割以上は早期で見つかります。ですので、その時点から治療を始めても遅いということはありません。治療は手術が主体で、子宮とその周辺の組織を切除します。世界的には、腹腔鏡下手術やロボット手術といった最先端治療が始まっています(※)。
※2013年2月現在、日本では健康保険が承認されておりません。

--腹腔鏡下手術、ロボット手術とは?

八重樫先生:
腹腔鏡下手術とは、おなかに腹腔鏡などの小型カメラや手術器具を入れる小さな孔を複数開けて、カメラを見ながら行う手術です。こうした腹腔鏡下手術をロボットで遠隔操作しながら行うのが、ロボット手術です。傷が小さいので回復が早く、それまでは2~3週間の入院が必要でしたが、これらの方法で手術をすると、1週間ぐらいで退院することが可能です。

卵巣がんではチョコレート嚢胞に注意

--卵巣がんについても、教えてください。

八重樫先生:
40代~60代に多く、患者数は増えています。未婚の方や出産経験のない方、高齢出産の方でリスクが高くなります。原因はまだわかっていませんが、チョコレート嚢胞という卵巣にできる子宮内膜症を放っておくと、その一部ががん化することがあります。

--それは怖いです。

八重樫先生:
がん化するのはチョコレート嚢胞全体の1%ぐらいと言われています。子宮内膜症自体は良性の病気ですが、チョコレート嚢胞を患っている方は定期的に婦人科で診てもらったほうがいいですし、子どもを産むことを考える必要がなくなったら、チョコレート嚢胞を切除するという方法をとってもよいかもしれません。

--卵巣がんを早期で見つけるのは、難しいとのことですが。

八重樫先生:
卵巣がんは子宮(頸・体)がんのような有効ながん検診がまだなく、早期だと自覚症状がありません。おなかが張ってきたとか、痛いとか、そういう症状があって見つかるわけですが、そのときには進行がんになっていることがほとんどです。これが、卵巣がんが「サイレントキラー」と呼ばれる所以です。

--治療は、やはり手術ですか?

八重樫先生:
そうですね。ただ、卵巣がんの場合は腹腔内にがん細胞が散らばっている「腹膜播種」を起こしていることが少なくありません。そうなると手術でがんをすべて取りきることはできません。ただ、抗がん剤がとても効きやすいがんなので、両方を組み合わせた治療を進めていくのがスタンダードになっていますし、そのほうが治療成績がよいことが実証されています。

子宮頸がん、子宮体がん、卵巣がんと漢方

--今、抗がん剤の話が出てきましたが、卵巣がんも含め、婦人科がんでは抗がん剤を使うことが多いのですか?

八重樫先生:
婦人科がんは3つとも比較的、抗がん剤が効きやすいがんです。実際、使う機会も少なくありません。多くは手術の後、補助化学療法として用いますが、進行がんでももちろん使います。子宮頸がんや卵巣がんでは手術前に抗がん剤を使う術前化学療法も、試験的に行われています。

--でも、抗がん剤は副作用がつらいというイメージが……。

八重樫先生:
確かに副作用はあります。卵巣がんを例にとって説明しましょう。標準的な治療は「TC療法」といって、パクリタキセルとカルボプラチンという2種類の抗がん剤を一緒に使うものですが、パクリタキセルではしびれや筋肉痛が、カルボプラチンでは骨髄抑制(血小板が下がったり、白血球が下がったりする)といった副作用が起こります。

--副作用が出たときは、どのように対応されるのでしょう。

八重樫先生:
西洋薬にも副作用を予防したり、症状を軽減させたりするものがありますが、漢方薬も使います。例えば、パクリタキセルで起こる手足のしびれ(末梢神経障害)は、ひどくなるとものを持ったり、歩いたりすることが困難になります。こうしたしびれに、漢方薬の牛車腎気丸(ゴシャジンキガン)が有効な場合もあります。

--では、カルボプラチンの骨髄抑制のほうは?

八重樫先生:
骨髄抑制はカルボプラチンだけでなく、さまざまな抗がん剤に起こる可能性のある副作用です。西洋薬にも白血球や血小板を増やすものがありますが、薬代が高く、注射薬なので毎日病院に通って、注射しなければなりません。それが困難な方に対しては、十全大補湯(ジュウゼンタイホトウ)を使います。この薬は体を元気にする漢方薬ですが、白血球や血小板を増やす作用が報告されています。

--科学的にもしっかりと証明されているのですね。

八重樫先生:
このほかにも、子宮頸がんや卵巣がんに用いるイリノテカンで起こる下痢に対して、半夏瀉心湯(ハンゲシャシントウ)が使われています。

--手術のあとに漢方薬を使うという話を聞いたことがあります。

八重樫先生:
有名なのは、手術後の腹部膨満感に対する大建中湯(ダイケンチュウトウ)ですね。子宮体がんや卵巣がんの手術では、大腸やぼうこうにつながる自律神経を傷つけてしまうことがままあります。細くて血管にまとわりついている神経なので、それはやむをえないところがありますが、その結果、神経が一時的にマヒして、腸管が動きにくくなります。そういうときに大建中湯を用いると、腸の動きが改善されるのです。

--副作用を軽減させたり、手術のあとの便秘や下痢を改善させたり、漢方薬はいろいろな状況で使われているのですね。

八重樫先生:
まだあります。がんの治療をしたあとは、吐き気やおう吐、倦怠感、食欲不振、だるいといったさまざまな症状が出てきます。吐き気などでは西洋薬で対応することもありますが、六君子湯(リックンシトウ)などを使うこともあります。

--だるいとか、食欲がないとかという症状は、ガマンしなければならないものと思っていましたが、漢方薬で改善できるのであれば、助かります。

八重樫先生:
漢方薬のよいところは、西洋薬のようにピンポイントではなく、幅広く、いろいろな症状に効くというところです。がん治療ではがんを治すことも大事ですが、病気に立ち向かう力をつけることも、重要。気持ちが悪くて食事がとれなかったり、不安で夜眠れなかったりすれば、体力や抵抗力の低下につながり、治療でダメージを受けた体を建て直すこともできにくくなります。

--元気を取り戻すためにも、漢方薬が果たす役割は大きいということですね。

八重樫先生:
漢方薬は抗がん剤のように服用したからといって、がんを消失させるわけではないかもしれません。しかし、患者さんのQOLが低下しないようにすることはできます。

--実際、がんの治療時に漢方薬を処方する、婦人科の医師は多いのでしょうか。主治医に「漢方薬を飲んでみたい」と言ったら怒られませんか?

八重樫先生:
正直なところ、がんの手術をメインでやっていて、かつ漢方にも詳しいという医師は少ないでしょう。でも、相談するだけの価値はあります。

--やっぱり、主治医に内緒で服用するのはよくないですよね。

八重樫先生:
もちろんです。漢方薬も薬ですから副作用がないわけではありません。もし問題が起こったときに、主治医が処方した薬によるものなのか、患者さんが主治医に黙って飲んでいる漢方薬によるものなのか、判断がつかなくなります。そもそも、漢方薬は女性特有の病気でよく用いられているので、ほとんどの婦人科医は漢方薬を使った経験があると思います。患者さんが「漢方薬を飲みたい」と言ったら、きっと理解を示してくれるはずですよ。

(2013年2月取材)

先生のプロフィール

八重樫伸生先生

東北大学大学院医学系研究科
発生・発達医学講座 婦人科学分野
教授
八重樫伸生先生

1984年3月、東北大学医学部医学科卒業。同5月、東北大学医学部附属病院産婦人科医員(研修医)。同7月、八戸市立市民病院産婦人科勤務。1987年7月、東北大学医学部附属病院産婦人科医員。同8月、東北大学医学部細菌学(現免疫学)教室研究生。1990年2月、米国フレッドハッチンソン癌研究所留学(Seattle、Galloway教授、Postdoctoral Fellow)HPVワクチン開発に関する研究。1992年2月、東北大学医学部附属病院産科婦人科助手。1996年10月、東北大学医学部附属病院産科婦人科講師。2000年10月より現職。現在、他の役職として、宮城県対がん協会副会長、先進漢方治療医学寄付講座教授、周産期医学分野教授、東北大学病院周産母子センター長、周産期医療人材養成寄付講座教授、東北大学環境遺伝医学総合研究(エコチル)センター長、東北大学病院臨床試験推進センター長、東北メディカル・メガバンク機構副機構長等を兼任。「先を見ながら、バランス良く」が研究者としての信条。

<所属学会>
日本産科婦人科学会(常務理事)、日本婦人科腫瘍学会(常務理事)、日本婦人科がん検診学会(理事)、日本臨床細胞学会(常務理事)、日本産婦人科手術学会(理事)、日本癌学会(評議員)、日本癌治療学会(評議員)、日本ウイルス学会