インタビュー

特別取材

がん患者さんのQOLを支える漢方

クリニックのがんの患者さんは6割〜7割

大橋マキ(以下、大橋):クリニックは漢方腫瘍内科、がん漢方、漢方内科、消化器内科などさまざまな診療科を標榜していらして、さまざまな患者さんを診ていらっしゃるんですね。がんを患っている患者さんはどのくらいいらっしゃいますか?

今津先生:しっかりと統計を取っていませんが、全体の6割〜7割くらいはがん患者さんですね。インターネットやテレビの番組を見て来られる方が全体の3分の1、病院などから紹介される方が3分の1、残りは、もともと風邪などで当院にかかっていて、そのご家族ががんになったから診てもらいたいといって来られるケースなどです。

大橋:「がん漢方」というと、例えば、「漢方薬でがんを治す」とか、「これを飲むとがんが消える」とか、必ずしも正確ではない情報を信じている方たちもいるかと思いますが・・・。

今津先生:確かに、そういう方もいらっしゃいます。ただ、当院で診ている患者さんのほとんどの方は、漢方に対して正しく理解されているようです。もちろん、科学的な根拠のない情報を信じている患者さんには、事前に漢方薬でできることとできないこと、当院で行っている治療のことなどについて、具体的にお話しさせていただきます。「あなたはこういう状態なので、今は手術や抗がん剤、放射線治療など、西洋医学的な治療を選んだほうがいいですね」と説得することもあります。

大橋:漢方で診ている先生がそういう話をされると、患者さんは驚きますか?

今津先生:いろいろですね。なかには、これまで西洋医学的な治療を選ばなかった理由を、ご自身の言葉でしっかり話される患者さんもいます。だから私も、その理由(治療を受けない理由)に納得したら、患者さんの望む治療をします。

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手術で治らない病気が漢方で治るなら……

大橋:ところで、今津先生は外科医、専門医として手術も多く経験されています。がん治療は先生がおっしゃるように、手術や抗がん剤による薬物治療、放射線治療など西洋医学的なアプローチが主ですが、そこにあえて漢方薬を使った治療をしていきたいと思われたのはなぜなのでしょう。

今津先生:漢方治療に行き着くまでは、いくつかの段階がありました。

大橋:最終的な決め手は何だったんでしょう。

今津先生:それは意外とシンプルでしたね。手術後の合併症に、腸閉塞(イレウス)があります。おなかを開ける手術をすると、その後、大腸の動きが悪くなり、食べものや消化液など内容物がうまく流れなくなってしまうのです。腸閉塞は外科医がおなかを開けたことが原因の場合もありますが、治療をするにはまたおなかを開けないといけません。

大橋:そうするとまた腸閉塞が起こってしまう・・・悪循環ですね。

今津先生:そんなとき、ある医師から腸閉塞に伴う腹部膨満感に漢方薬が有効ということを聞いて、さっそく使ってみたんです。
そうしたら、腹部膨満感と腸の動きが改善され、漢方に興味を持つ大きなきっかけになりました。

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漢方薬ほど外科医に向いている薬はない

大橋:でも先生、漢方には西洋医学と違った独自の理論があって、体系的に学ばないとむずかしいと聞いたことがあります。

今津先生:私が外科医だったことが幸いしているかもしれないですね。“手術で治らないものに漢方薬が有効なら使えばいいじゃないか”という発想でしたから(笑)。摩訶不思議な薬だなぁと思い、それから慶應義塾大学医学部に週1回通って、勉強を始めました。

大橋:大学では、漢方のどのようなことを学んでいらっしゃったのですか?

今津先生:私の専門は食道がんなのですが、当時はまだ抗がん剤治療も、放射線治療も進歩していなくて、手術一本だったんです。難治がんとされていて、助からない方が多く、そこに漢方治療が使える道はないかと考えたんです。そこで気付いたのは、外科と漢方は相性がいいということです。

大橋:え、外科と漢方?

今津先生:手術の際、患者さんのおなかの中を実際に触わるので、臓器やがんの重さや硬さ、血管やリンパがどう走っているかも目で見て分かりますが、大学で学んだ漢方の理論には、外科医として経験的に裏打ちするようなことばかり書かれていたんですね。

大橋:カラダの中で起こっていることと、漢方の理論が先生の頭の中では上手にリンクできたということですか?

今津先生:そうです。例えば、むくみがあった場合、漢方の考え方だと「水毒(すいどく)」と言いますが、実際、むくみがある部分の組織がどういう状態になっているかが経験から分かります。だから、この状態は確かに水毒で、この漢方薬が有効だろうって理解できるんです。漢方薬ほど外科医に向いている薬はないと思います。

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悪い循環をいい循環へ。漢方で後押しを

大橋:具体的に、がん治療で漢方にできることには何がありますか?

今津先生:いろいろなことができます。また、漢方薬ではなく“漢方医学”の考え方を使うこともあります。初診で漢方薬を処方する患者さんは、3分の2ぐらいです。

大橋:漢方医学の考え方、ですか?

今津先生:そうです。残念ながら、今のがん治療って正直言って苦しさが伴うことの方が多い。治療期間も長くなるので、ココロもカラダも疲れてしまう。それは患者さんだけでなく、看護する側の家族もそうです。当院では患者さんが何を不安に思い、どうしていきたいか、どこが、何がつらいのかを一つずつ聞いていきます。そこから漢方治療が始まるんです。

大橋:少しずつ、患者さんのココロとカラダを解きほぐしているんですね。それはとても時間がかかるでしょう。

今津先生:初診では30分かけて話を聞きます。場合によっては同席されたご家族の治療をすることもあります。24時間365日とまではいかないけれど、患者さんをずっと支えているのは医療者ではなく、家族です。だから、家族のココロとカラダの健康がとても大事なんです。その上で、衣・食・住においての心がけを一緒に考えていきます。話をするなかで、患者さん自身が生活の間違いに気付いて変えていくことも多いです。

大橋:具体的にどういうことがありますか?

今津先生:例えば食事ですが、インターネットなどには患者さんのがんの食事について、さまざまな情報が錯綜しています。そこに捕らわれてしまう方もいて、間違った理解で食事を続けていることもあります。ですが、がん治療で大切なのは体力をつけること。元気になって体力がつけば、治療の幅が広がりますし、抗がん剤の副作用を軽減させることもできるかもしれません。治癒率も上がり、再発も防げます。

大橋:漢方治療の考え方を取り入れることで、治療のいい循環が生まれていくんですね。

今津先生:自転車のペダルをこぎ出す、そのタイミングでちょっとだけ後押しをする。それでうまく回るようになります。そのお手伝いをしているという感じです。

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患者さん+家族+医師によるチーム医療

大橋:“患者さんの気付き。”それがとても大切な気がしてきました。

今津先生:とても大切です。ご自身が自覚していない症状でも、問診をしていくなかで徐々に分かっていくものです。初診のときはカルテにびっしり書かれていた問題点も、受診の回数を重ねるごとに減っていき、それに伴って患者さんの体調もいい方向に向かっていくことが多いですね。

大橋:先生と患者さん、そしてご家族の方がチームとなって治療に取り組むという、「チーム医療」ができているのではないかと思いました。

今津先生:そうかもしれないですね。チーム医療というと、医師、看護師、薬剤師、メンタル系をサポートする専門家などさまざまな医療者が患者さん中心に関わっていくというイメージがありますが、漢方なら医師と患者さん、患者さんのご家族の間でもできるんですよね。

大橋:患者さん自身が治療に積極的に関わるという感じがします。

今津先生:もちろん、そこに主たる治療をする主治医も関わってきます。

大橋:主治医の先生にはだまって漢方の治療を受けに来られる患者さんがいると聞くことがありますが、今津先生のところではどうでしょうか。

今津先生:そういう方も来ます。それは漢方治療に対してさまざまな考え方がありますので、基本的には当院で話した内容は診療情報提供書という形で主治医に戻します。

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主治医との連携で、患者さんに最適な医療を

大橋:主治医の先生とは必ず連携するんですね。

今津先生:セカンドオピニオンとして当院を受診される患者さんも多いのですが、その場合、画像データなども必要になるので、主治医からいただくようにしています。逆に私はこういう目的でこういう漢方薬を処方しているという情報は、主治医にしっかり伝えます。お互いが知り得た患者さんの情報を共有することで、より最適な医療を患者さんに提供できると思います。

大橋:がん治療をおこなっている医師の、漢方に対する理解は広まっていますか?

今津先生:今は医学部のカリキュラムに漢方医学も盛りこまれていますし、若い人たちはどちらかというと漢方治療に興味を持ってくれていますね。年配の医師も徐々に理解を示してくれるようになっています。

大橋:今津先生が漢方薬をがん治療に取り入れるようになって、何か変わったことはありますか?

今津先生:今はがん診療もマニュアル化されて、基本的にはどこの医療機関でも同じ治療が受けられるようになりました。食道がんで言えば、手術、抗がん剤治療、放射線治療の3つの柱をうまく組み合わせることで、治癒率も上がりました。しかし、一方でデータが悪いから治療はできませんと言われてしまうような患者さんに対してのサポートが不足しています。それが漢方治療という手段を用いることで少し補えるようになったと感じています。

大橋:手応えを感じられているんですね。

今津先生:治療そのものにゆとりが生まれた気がします。

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がんと共に生きる人のQOLを考える

大橋:最近、がん治療に関わらず、その方にとって最適な医療とは何なのか、QOL(クオリティ・オブ・ライフ:生活の質)の改善なのか、それとも別のところにあるのか。それは一人ひとり違っているけれど、尊重しなければいけないことなんだ、と感じています。実際問題として、がんと共に生きる「がんサバイバー」の方が増えていますし。

今津先生:漢方は、まさにその部分で重視される医療ですよね。QOLという意味で言うと、昔は大きくおなかを開ける医師、できるだけ多くの臓器を取れる医師が名医とされていたわけで、QOLという考えはそこにはありませんでした。しかし、今は内視鏡を使った治療やロボットを使った手術、ピンポイントで照射できる放射線治療、抗がん剤治療の副作用対策など、患者さんのカラダへの負担を考慮した治療法が実施されています。

大橋:がんになってからも自分らしく生きられる可能性が高まったのですね。実際、がんを患っている方も風邪を引きます。おなかが痛くなったり、蚊に刺されたり……。そういうことも含めて、がんサバイバーの方たちの健康管理を担うのは、今津先生のような先生ではないかと感じました。

今津先生:ありがとうございます。私自身は漢方という存在を知って、がん患者さんのつらさ、不安、苦痛に何らかの形で、多少なりとも応えることができるようになったと思っています。しかし残念なことに、漢方に詳しいけれど、がん治療には詳しくない医師もいます。そこが一つ課題かもしれません。

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目指すは気兼ねなく訪ねてくれる「町医者」

大橋:そんな今津先生が目指す医療はどこにありますか?

今津先生:いろいろありますが、一つはカラダのメンテナンスも含めた予防です。万人に通じる予防法はなく、それぞれの年代、性別、抱えている問題に合わせた予防が大事です。予防というとがん検診を思い浮かべる方も多いと思いますが、検診はがんを早期発見して、大事に至らないようにするためのものです。その前段階にあるのは、病気にならないための、まさに予防で、そこには漢方医学の考え方が不可欠だと思っています。

大橋:まさに、転ばぬ先の杖、ですね。

今津先生:しかも日常に即した方法が大事。無理しない予防でないと続きません。

大橋:日常というと、さきほど受付にいらっしゃった患者さんが、「今日、診察日かしら?」って。まるでお茶でも飲みに来たような感じでした(笑)

今津先生:僕の父は町医者だったんですが、僕も父と同じように町医者でありたいと思っています。誰もが気軽に相談に来てもらえるような。

大橋:患者さんの治療法を選ぶのを支援したり、QOLを改善する方法を助言したり、そしてご近所の頼りになるお医者様でもあって。今津先生って、コンシェルジュみたいです。

今津先生:町医者として、そうありたいと思っています。

※掲載内容は、2015年1月取材時のものです。

大橋マキのひとことコメント
偶然にもこの取材が決まる少し前、がんを経験された女性の医師から、アロマセラピーでがんサバイバーのQOLを高めることはできないかという相談を受けました。私自身はかつてある病院の緩和病棟でアロマセラピーを使って、患者さんにリラックスや安心を得てもらうお手伝いをさせていただいたことがあったので、そのような方にアロマで何かできることはないか、ずっと考えていました。
そんななかで今回の漢方徹底取材。がん医療は進歩しているけれど、それでもまだ十分ではなく、がんに対する西洋医学的な治療を補い、QOLを上げ、がんと共に生きることを支えることも必要。そして、それが漢方で実践されている——。今津先生の話から、大きなヒントをいただいたような気持ちになりました。
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