インタビュー

高齢者と漢方

いつまでも健康で元気に過ごすために

先生のプロフィール

東北大学大学院医学系研究科 漢方・統合医療共同研究講座 特命教授
東北大学病院 漢方内科 副診療科長
(取材当時:東北大学病院漢方内科 准教授)
髙山 真 先生

1997年宮崎医科大学医学部卒業。2010年東北大学大学院卒業、医学博士。2010年から半年間、ドイツのミュンヘン大学麻酔科に留学。2011年4月から東北大学大学院医学系研究科、先進漢方治療医学講座の講師。2012年10月より東北大学大学院医学系研究科 総合地域医療研修センター 准教授、2014年4月より東北大学病院 准教授、総合地域医療教育支援部 副部長、漢方内科 副診療科長(現職)。
所属学会:日本内科学会認定内科医、総合内科専門医、日本循環器学会循環器専門医、日本東洋医学会漢方専門医、指導医、日本温泉気候療法物理医学会温泉療法医、日本プライマリ・ケア連合学会プライマリ・ケア認定医

髙山 真 先生

「人生100年時代」といわれる現代。“センテナリアン”と呼ばれる100歳を超えた長寿者は、わが国に7万人ほどいらっしゃいます。
いつまでも健康で、元気に過ごすためには、年齢と共に変化していくカラダとココロの状態を正しく知って、必要に応じた対策を講じることが重要です。
人は誰でも歳をとれば、あちらこちらに不調が出てきますし、病気にかかりやすくもなります。またその不調の出方は人によってさまざまです。それは生まれ持った体質的な要素だけでなく、日々の暮らし(生活習慣)や生き方が大きく影響しているからです。
これからの日々を健やかに過ごすにはどうしたらいいか。そのポイントを“漢方”の視点から紹介していきます。

老化とは?フレイルとは?

今の高齢者は昔より若くて元気

人は誰でも歳をとります。これは生物である限り抗えない事実です。
では、老いていくこと、“老化”とはどういうものでしょうか。
高齢者の定義については、わが国ではこれまで高齢者の医療制度上の仕組みなどから、「65歳以上75歳未満を前期高齢者」、「75歳以上を後期高齢者」としていて、これが広く知られていました。75歳の誕生日を迎えた方が、「今年から後期高齢者の仲間入りです」などと話される場面を目にされた方も多いのではないでしょうか。

これに対し、2017年に日本老年学会・日本老年医学会が高齢者の定義について議論を重ね、以下のような区分を提案しました。

65~74歳 准高齢者・准高齢期(pre-old)
75~89歳 高齢者・高齢期(old)
90歳以上 超高齢者・超高齢期(oldest-old、super-old)

これは、高齢者のココロとカラダの健康に関わる、さまざまなデータを検討した結果得られたものです。
これによると、現在の高齢者は、10~20年前よりも加齢に伴って起こる変化が遅く現れる傾向にあり、「若返り」が見られているといいます。もはや74歳までは“高齢者”ではないのです。

とはいえ、高齢者の不調の現れ方は一人ひとり違いますし、老いを感じるタイミングも人それぞれです。だからこそ自分なりの“老いとの付き合い方”が大事になってくるのです。

若い頃にできていたことが、できない

実際、私たちは日常生活の中でも“老い”を感じることが、歳をとるほど増えてきます。
老い、加齢現象とは、すなわち「若い頃にできていたことが、できなくなること」。さまざまな機能が低下したり、失われたり、あるいはそれを実感したりすることです。

公益財団法人長寿科学振興財団では、高齢者のココロとカラダの機能の特徴として、以下のようなものを挙げており、ココロとカラダのあらゆる面において機能低下がみられることがわかります。

高齢者の身体的特徴
  • 呼吸機能の低下
  • 感覚機能の低下
  • 循環機能の低下
  • 神経機能の低下
  • 消化・吸収機能の低下
  • 免疫機能の低下
  • 排泄機能の低下
  • 性機能の低下
  • 運動機能の低下
  • 造血機能の低下

出典:公益財団法人長寿科学振興財団「健康長寿ネット」より

この中でわかりやすいのが、神経機能、すなわち脳の機能の低下です。
脳の機能低下というと「認知症」を思い浮かべる人もいるでしょうが、歳をとると多かれ少なかれ誰でも物覚えが悪くなったり、人の名前を思い出せなくなったりするものです。
実際、物事を覚えておく記憶力、物事の是非を見極める判断力、感情をコントロールする能力などは、歳とともに低下します。
それにより、家族や近所の人とケンカをしてしまったり、昼間に興奮することで夜に眠れなくなり、生活リズムが崩れてしまったりすることも起こってきます。

消化・吸収機能の低下も実感しやすいかもしれません。
この機能が落ちると、食べものをしっかり飲み込むことができなくなって誤嚥を起こしたり、消化が滞っておなかが張ったり、お通じが悪くなったりします。また、食事をしっかり摂れなくなれば、栄養が不足し、体力の低下などをもたらします。

上表にはありませんが、体温を調節する機能も低下します。
カラダの中で熱を産生できなくなります。カラダが冷える、手足が冷たいと訴える高齢者が多いのは、カラダの中で熱ができにくく、またその熱を循環させられなくなっているからです。
冷えに連動して免疫機能も低下するため、風邪をひきやすくなったり、気温差で体調を崩しやすくなったりします。

高齢に影響される機能
  • 筋力・運動機能
  • 記憶・認知機能
  • 栄養摂取機能

一方で、こうした機能低下をできる限り緩やかにしたり抑えたりすることが、長寿につながることも分かってきています。そこで登場したのが、「フレイル」という概念です。

寝たきりの原因となる「フレイル」とは?

フレイルとは、「衰えた状態」「虚弱」のこと。
2014年に日本老年医学会が提唱した用語で、もともと海外で「Frailty(フレイルティ)」と呼んでいたものを、日本人が言いやすいように「フレイル」という呼び名にしました。

厚生労働省はこのフレイルについて、次のように説明しています。
「加齢とともに心身の活力(運動機能や認知機能等)が低下し、複数の慢性疾患の併存などの影響もあり、生活機能が障害され、心身の脆弱性が出現した状態であるが、一方で適切な介入・支援により、生活機能の維持向上が可能な状態像」。
体力が落ちた、疲れやすくなったといったカラダの機能低下だけでなく、意欲が湧かない、元気が出ないといったココロの機能低下も、フレイルに含まれる、ということです。

フレイルの基準は、「握力の低下」「身体活動量の低下」「歩行速度の低下」「疲れやすさ」「体重減少」の5つがあり、このうち3つ以上に該当するとフレイルと診断されます。

フレイルの評価基準
  • ❶ 力が弱くなった(握力の低下)
  • ❷ 活動量の低下(不活発)
  • ❸ 歩く速さが遅くなった
  • ❹ 疲労感
  • ❺ 体重減少

判定方法

いずれも該当しない
健常高齢者
①〜⑤のいずれか1つまたは2つに該当する
前フレイル(プレフレイル)
①〜⑤の3つ以上に該当する
フレイル

出典:国立長寿医療研究センター「健康長寿教室テキスト」より

フレイルになるとストレスに対して対抗する力が衰えるため、病気や入院などをきっかけに、以前のような生活に戻れない(寝たきりになるなど)ことが多くなります。
高齢になったのだから、昔のようにはいかない、機能が落ちてきても仕方ないだろう──
そう思う人もいるでしょうが、じつはフレイルの段階で予防をすれば寝たきりなどにならずに済むことが、最近の研究で分かってきました。

フレイルを予防するポイントは、次の4つになります。

フレイルを予防するポイント
  • 高血圧や糖尿病といった生活習慣病がある人は、しっかりコントロールする
  • ウォーキングなどでカラダを動かして、筋力を維持する
  • 筋肉の材料になる肉や魚、卵などのタンパク質などを含め、しっかり栄養を摂る
  • マスクや手洗い、うがい、予防接種などで、インフルエンザや肺炎などの感染症から身を守る

出典:公益財団法人長寿科学振興財団「健康長寿ネット」より

老化は抗えませんが、フレイルは日々のちょっとした努力と工夫で予防ができます。
いつまでも元気に過ごすために、できることから少しずつ始めていきましょう。
また、フレイル対策に「漢方」が有効な手段であるといわれています。機能低下でお困りのことがあったら、一度、医療機関で相談してみてもよいかもしれません。

「高齢者に漢方」がよい理由

今の高齢者医療を救うのが漢方?

高山先生診察風景

よく「高齢者には漢方がよい」といわれます。
では、なぜ漢方が高齢者の心身の不調によいのでしょうか。漢方の考え方と共に見ていきたいと思います。

まず、西洋医学と漢方医学では、治療に対する考え方の違いがあります。
西洋医学では、カラダの臓器一つひとつをパーツとして捉え、専門的な医療を施します。「消化器内科」「泌尿器科」「脳神経外科」…というように、病院で診療科が臓器別に分かれているのは、そのためです。
超高齢化社会となった今、病気を治して寿命を延ばすことを目標に発展を遂げてきた西洋医学には、寿命の長さだけでなく、健康寿命(日常生活に制限のない期間)や生活の質(クオリティ・オブ・ライフ)を支える医療の必要性が出てきました。

このような中で新たに生じた問題が、「ポリファーマシー(多剤処方)」です。
西洋医学では、原則、1つの薬に単一の成分しか含まれていないため、1つの症状や病気に対して1つの薬(ときに複数の薬)が処方されることが少なくありません。(最近では複数の成分がまとまって含まれる薬剤も使用されるようになっています)
このため、いくつもの慢性病を抱えた高齢者では、どうしても薬の種類が増えてしまいます。実際、睡眠薬、抗不安薬、降圧剤2剤と胃薬…というように、一度に十種類以上の薬を飲まれているケースも見受けられます。

薬が増えると何が問題なのか──
それは、相互作用や薬の効きすぎなどが生じやすいことです。
日本老年医学会が編集した「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015」によると、薬の数が増えるほど有害事象(副作用)が起こりやすくなったり、転倒の発生頻度が増えたりすることが明らかになっています。

グラフ
出典:日本老年医学会:「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン 2015」より

こうした西洋医学的な薬の処方に対し、漢方薬は1つの薬に複数の成分が含まれているので、個別の病気や症状に応じてというよりも、ココロとカラダ全体のバランスを見て投与することが多くなります。
そのため、1剤で複数の病気や症状を改善できる場合もあり、また西洋薬だけでは改善できないような病気や症状にもよく効くことがあります。これにより、ポリファーマシーを防ぐことができます。

漢方で重視しているのは、「バランス」です。
機能が低下したり、足りなくなったりしているところを補って、その人のバランスを整えていきます。
バランスというのは、いろいろな要素で成り立っているわけですから、たくさんの成分が含まれている漢方薬を使うのは、理にかなっています。
漢方がさまざまな機能の低下した高齢者に向いているというのは、こうした理由があったのです。

実際には次のようなケースがあります。

高齢者の訴えで多いのは、便秘や下痢といったおなかの症状です。
西洋薬であれば便秘には便秘薬(下剤)、下痢には止瀉薬(下痢止め)を使います。
ところが、便秘薬を使うことで下痢や腹痛がひどくなったり、止瀉薬を使うことで便秘が誘発されてしまったりすることがあります。
これに対し、漢方薬であれば1剤で、便秘ならお通じをしっかりつける方向に、逆に下痢なら下痢を止める方向に働かせる処方もあります。

かゆみで悩んでいる高齢者もたくさんいらっしゃると思います。これは寒くて乾燥する冬にひどくなるという特徴があります。「老人性皮膚搔痒症」などでかゆみ止めの塗り薬や飲み薬を続けていてもなかなか改善されなかった場合に漢方薬を処方して、漢方の考え方でいうカラダのバランスを整えた結果、かゆみが抑えられ、その他の悩み(便秘、冷え症)も改善するという場合もあります。

また、近年、「認知症」と漢方治療も密接な関係があります。
認知機能そのものの低下を改善させることはできませんが、漢方薬は行動・心理症状(BPSD)のうち、怒りやすい、幻覚、妄想、昼夜逆転、興奮、暴言、暴力などといった症状に有効とされています。

漢方の考え方「気・血・水」とは?

漢方には“独特な診断法”があります。
そのひとつが、カラダの構成要素を「気(き)」、「血(けつ)」、「水(すい)」という3つに分けて、そのバランスを見るというものです。
脈や舌、おなかを診る診察法で、「気・血・水」のバランスが崩れていることが分かれば、漢方薬や養生(生活上のアドバイス)などでバランスを整えていくのが、漢方治療です。

では、それぞれの要素について簡単に説明していきましょう。
まずは「気」からです。
「気」は「生命エネルギー」を指します。いわゆる「元気の気」です。
この「気」の量が不足すれば「元気がない」「疲れやすい」という状態になり、気の循環が滞ると「精神的にイライラする」「おなかのガスが溜まりやすい」という状態になります。

グラフ

次が「血」。栄養成分や血液のことを指します。
「血」が不足すると「皮膚の乾燥」や「髪が抜けやすい」といった症状が出てきます。また、「不安」や「不眠」などメンタルの部分にも影響が出てきます。 「血」がカラダの一部に滞っていると、「痛み」や「しびれ」が出てきます。

グラフ

最後は「水」。カラダの潤い成分です。
この「水」が不足すると「便秘」になりやすく、滞ると「むくみ・浮腫」、「めまい」「頭痛」が起こります。

グラフ

じつは、この「気(き)」、「血(けつ)」、「水(すい)」という考え方は、フレイルへの漢方治療でとても役立ちます。

もともと高齢者に向いている漢方ですから、フレイルで生じているさまざまな症状に対しても対応することができます。
おなかの調子が悪い、疲れやすいなど、患者さんの訴える機能低下に対応した漢方薬を使うことで、フレイルの状態を改善させることが可能だと考えています。

漢方にも科学的根拠が必要

“EBM”という言葉をご存知でしょうか。
「エビデンス・ベースド・メディスン」の略で、「科学的根拠に基づく医療」のことをいいます。医師の経験や勘に頼って治療をするのではなく、臨床試験などの結果から得た根拠に応じて治療にあたるというのは、今や日本に限らず世界の趨勢といえるかもしれません。

じつは、先人たちの知恵や経験から発展していった漢方も、現代ではエビデンスを重視するようになりつつあり、これまでに多くの臨床試験が実施されています。
このような中、日本老年医学会らが編集した「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015」に、エビデンスによって有効性が示唆されている5処方が載りました。

漢方薬を推奨するガイドライン
安全な薬物療法ガイドライン
  • 抑肝散(よくかんさん)
  • 半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)
  • 大建中湯(だいけんちゅうとう)
  • 麻子仁丸(ましにんがん)
  • 補中益気湯(ほちゅうえっきとう)

ここに登場している漢方薬は、いずれも健康保険の枠組みの中で治療ができるものですし、ほかにも高齢者に役立つ漢方薬はたくさんあります。
上手に使うことで、健康寿命を延ばすことが期待されているのが、漢方なのです。

※ここで紹介したのは、高齢者に用いた漢方薬の一例です。症状や体質などによっても用いる漢方薬は変わります。詳しくは、お近くの漢方に詳しい医師や薬剤師にご相談ください。

漢方薬の元となる生薬は、自然界にある植物などが中心です。何千年という長い年月をかけておこなわれた治療の経験によって、どの生薬を組み合わせるとどんな効果が得られるか、また有害な事象がないかなどが確かめられ、漢方処方として体系化されています。
カラダの本来の力を取り戻したい方、多くの薬を飲んでいる方にはとても有用なのではないかと思います。
超高齢化社会を生きていく我々の生活に、上手に取り入れ、健康長寿の世の中にしていきたいものです。

※掲載内容は、2018年11月取材時のものです。

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