インタビュー

乳がんについて正しい知識を身につけましょう。

先生のプロフィール

東京慈恵医科大学 葛飾医療センター 乳腺・内分泌外科 診療医長
(取材当時:東京慈恵会医科大学附属病院 乳腺・内分泌外科医長)
川瀬 和美 先生

1987年東京慈恵会医科大学卒業。三井記念病院で5年間研修。
慈恵医大大学院・第一外科を経て米国テキサス大学M.D.アンダーソン癌センター留学。
留学中、ECFMGライセンス取得。帰国後結婚、出産。子供が9か月の時再度渡米、テキサス大学M.D.アンダーソン癌センター乳腺外科医として乳がん診療に当たる。
帰国後現在東京慈恵会医科大学外科学講座准教授。
日本外科学会専門医・指導医。日本乳癌学会乳腺専門医・指導医。がん治療認定医。

川瀬 和美 先生

先生の健康アドバイス

乳がんの治療は進歩しています

川瀬先生インタビュー風景

乳がん検診で主力となっているのが、マンモグラフィ検査と超音波検査。いずれも乳房の中のちいさながん細胞を見つける検査です。マンモグラフィはとてもすぐれた検査ですが、乳腺が発達している若い女性では、乳腺とがんとの区別がつきにくいため、マンモグラフィでは見つけにくかったり、見落としがでてしまうことがあります。
そのため40歳ぐらいまでの若い人には超音波検査を、40歳以上ではマンモグラフィを行ったほうがいいという意見も出ています。
外来には自覚症状があって受診される方、健診などで異常を指摘されて、精密検査を受ける方、ほかの施設ですでに乳がんと診断が付いていて、当院で治療を始める方など、さまざまな方がいらっしゃいます。
年齢でいえば、もっとも多いのは50代ですが、最近では30代後半から40代の方の受診も増えています。わが国では40代後半が乳がんの好発年齢となっていますから、そう考えると、若い方が増えているのもうなずけます。

ここからは乳がんの概要を簡単にお話します。「私には関係ない」と思われる方もいるでしょうが、健康なときにこそ、乳がんについて学んでおいたほうがいいのです。
それほど難しい内容ではないので、少しお付き合いください。
乳がんの治療は、昔と比べると格段に進歩し、さまざまな方法が選べるようになりました。遺伝子レベルでの研究も進み、どういうタイプの方に薬が効きやすいか、といったことも分かってきました。
手術も進歩しています。私が医師になる前は、乳がんといえば乳房を切除し、さらに乳房の裏側の筋肉も取り除く拡大手術が一般的でした。私が研修医だった今から20年ほど前になると、やはり乳房切除が主流だったものの、一部では部分切除も始まっていました。そして今は、手術は「乳房をできるだけ温存する」という方向に進んでいます。

なぜ、昔は切除しなければならなかった乳房が温存できるようになったのか、その理由は2つあります。
ひとつは手術前の「がんの広がり診断」がしっかりできるようになったことが挙げられます。マンモグラフィ(乳房のX線検査)、エコー(超音波検査)の装置が当時に比べて格段に向上し、また造影CT(コンピュータ断層撮影)やMRI(核磁気共鳴画像)も使うようになったことで、がんがどれくらいの範囲に広がっているかより正確に分かるようになったのです。
もう一つは手術後の補助療法の登場です。手術をした後に薬(抗がん剤やホルモン剤)や放射線を用いて、目に見えないがんを殺します。これらのことから、全摘をしなくても全身的には問題ないということが研究で分かっています。

ただ、残念ながら誰でも温存手術ができるわけではありません。治療法は、がんの状態や大きさ、場所、患者さんの年齢、持病、家族歴など、さまざまな条件によって決まります。「乳がんは温存手術が可能で、誰でも乳房を残せる」というイメージをお持ちの方もいるでしょうが、やはり、大きさや進行度などの状況によって、どうしても全摘しなければならないこともあります。
全摘をすると、確かに乳房はなくなりますが、今は形成外科の技術も進んで乳房再建もきれいにできます。ですから、先に温存手術ありきではなく、乳房を残す治療のメリットとデメリットを主治医からしっかり聞いて、最善の方法を選んでほしいと思います。

さまざまな治療の選択肢が増えたことによって、乳がんの患者さんは自分の病気をより広い範囲で理解しなければならなくなっています。このような状況で、患者さんが今もっとも困惑しているのは、インターネットの情報の氾濫だと思います。とにかく乳がんの情報は溢れ返っていて、何が正しくて、何が誤っているか分からない状態です。「すごく効いた」とか「劇的に治った」という内容もなかにはあるようですが、そういった情報に惑わされないことが大事です。どんな病気もそうですが、その病気に対する治療のうち、もっともエビデンス(有効性を示す根拠)が高いものが「標準治療」となっています。ですから、まずは標準治療にそった治療をすることが、もっとも確実な方法だと思います。

乳がんは治るがん。だから年に1度は検診を

川瀬先生インタビュー風景

がんというと「不治の病」というイメージがありますが、乳がんの場合、決してそうとは限りません。たとえば「非浸潤(ひしんじゅん)性乳管がん」の早期がんは、がんが乳管という部分だけにとどまっているため、手術でしっかり取ってしまえば、完全に治ります(術後の定期検査は必要です)。

だからこそ、早期発見が大切です。がん検診を受けていただきたいと思います。
いまの「日本乳癌学会診療ガイドライン(検診・診断)」では、「40歳以上になったら2年に1回、触診とマンモグラフィ併用の検診」が推奨されています。
ただ、30代後半でも乳がんが見つかるケースがあるので、個人的にはその30歳半ば過ぎたら検診を受けてもよいと思っています。期間にしても、私が留学していたアメリカのがん専門病院では、1年に1回、がん検診を奨励していましたし、外来で診ていても、1年前は問題なかった人が1年後に早期がんが見つかるケースもあります。ですので、心配でしたら1年に1回はがん検診を受けたほうがよいと思います。また、経過を比較することで変化がわかりやすいため、前回、前々回といった検査結果を比較してもらえるような施設で継続することが理想的です。

検診の方法については、欧米ではマンモグラフィを用いたがん検診が広まったことで、乳がんによる死亡者数が減ったことが明らかになっています。
日本人などアジア系の人は乳房の性質的な問題で、マンモグラフィだけではがんが見つからないケースも15%ぐらいあります。そのため、エコーと併用したほうがいいのでは、という意見も出ています。これについてはまだ研究中で結論は出ていませんが、不安な方は、エコーも実施している検診施設でがん検診を受けるといいでしょう。
また、「マンモグラフィは痛い」という方もいます。そういう方は、生理前で乳腺の張りが強いときは痛みをより感じやすいので、生理前は避けたり、緊張していると筋肉に力が入って痛くなるので、リラックスして検査に臨む、といったことをしてみましょう。

がんの発見でもう一つ大事なのは、「自己検診」です。検診者の方からしばしば「乳がんはどう触れるのですか」と、質問を受けます。しかし、乳がんと一口にいっても様々ですし、しこりが皮膚の表面にあればわかりやすいが、同じものでも乳房の奥にしこりがあればしこりとして触れずに「なんとなく硬くなった感じ」がする場合などもあります。またしこりだけでなく、皮膚の引きつれや乳頭の変化が出る場合などもあります。
ですから私は「いつもの自分の乳房の状態を把握して、いつもと変化がないか見る習慣をつけるのが大事」とお話しています。同じ乳房でも、ふにゃふにゃでやわらかい人も、ゴリゴリして硬い人もいます。自分のいつもの状態、生理前後の変化を知っておいて、いつもの状態と違っていたら病院で診てもらってください。

先生の健康法を教えてください

“できるだけ歩く”が基本。柔軟体操もしています。

川瀬先生インタビュー風景

以前は毎日のようにジムに通っていて、けっこう運動オタクだったんです(笑)。でも、結婚して子どもが生まれてから、そんな余裕はまったくなくなりました。ただ、時間があると歩くようにはしています。実はかなり歩くスピードが早くて、電車を待っているぐらいなら歩いてしまいます。1駅2駅ぐらいは歩きますね。

また、柔軟体操は毎日お風呂上がりに子どもと一緒にやっています。体を伸ばすとリラックスができ、筋肉の疲れもとれます。リラックスといえば、以前通っていたジムで「自律神経訓練法」を習いました。それ以来、疲れたときは意識的にリラックスするようにしています。自律神経訓練法のやり方はとても簡単で、本などにも載っていますから、ぜひ覚えて、実践されるといいかもしれません。

漢方ビュー読者にメッセージを

川瀬先生インタビュー風景

私にとって最高の元気の素は家族です。子どもたちも私の仕事を応援してくれていて、下の子は3歳ですが、朝、保育園でも「がんばってね」と、見送ってくれます。

もちろん、患者さんが手術を無事終えて、元気に退院されていったり、外来で皆さんの経過を追いつつ頑張っている姿を拝見し、感謝されたりするのも、とても励みになっています。

がんばっているのは、患者さんだけではないと思います。最近は働く女性も増えて、仕事も家庭も何でもきっちり、完璧にしたいという、がんばりやでまじめな女性が増えているような気がします。でも、すべてにおいて完璧にやり遂げるのは不可能です。少し肩の力を抜いて人生においてもリラックスしながら、少しずつでも前進していければ良いと思います。
“肩肘を張らずに、でも、がんばるところはがんばる”。これを実行するのはなかなか難しいと思いますが、いろいろな点でバランス良く楽しく過ごせていけたらいいですね。

※掲載内容は、2010年3月取材時のものです。

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