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特別取材

Part1 今も残る心の傷

Part2 医療復興に向けての取り組み

東日本大震災の9カ月後、漢方ビューでは被災地の医療支援に尽力されていた、東北大学病院漢方内科の髙山真先生に話をうかがいました。
震災から3年経過したいま、被災地の方たちの心と体にはどのような変化が生じているのか。その現状や、漢方が果たしてきた役割について、多くの方に伝えたいと思い、改めて髙山先生のもとを訪ねました。
Part1では被災地に暮らす人たちの心と体の健康問題を、Part2では医療復興に向けての東北大学の取り組みと若手医師の志について、ご紹介します。

Part1 今も残る心の傷

震災直後は肺炎や心臓病が増加

--震災から3年経ち、これまでの被災者の心と体の健康問題について、いろいろなことが分かってきています。

髙山先生:
まず、震災直後には肺炎や心臓病を患う方が増加していました。肺炎で石巻赤十字病院に入院した患者さんは、例年の約4.5倍にものぼりました。

--やはり、倒壊した建物や津波で生じたホコリを吸い込んだ影響ですか?

髙山先生:
それが一つ。あとは、津波の水が気管に入ったために起こった肺炎や、衛生環境のよくない避難所での暮らしで、口腔ケアが十分にできなかったり、栄養状態が悪くなって体力が低下したり、臥床時間が長くなったりが原因で生じた誤嚥性肺炎(不顕性誤嚥による肺炎)も目立ちました。

--口腔ケアや体力の低下で、肺炎が起こるのですか?

髙山先生:
口腔ケアがしっかりできないと、口の中に細菌が増えます。嚥下機能が低下した高齢者がこのような状態で臥床時間が長くなると、口の中の細菌などが気管支の肺の方に流れ込みやすくなります。これにより、誤嚥性肺炎が発症しやすくなります。健康であれば、免疫力である程度の細菌に抵抗できますが、体力が落ちると免疫力も低下するため、肺炎にかかりやすくなってしまうのです。

--心臓病はどうでしょうか。

髙山先生:
心臓の機能が低下する心不全や、心臓に酸素を送る血管が詰まる心筋梗塞、細菌が心臓に感染する感染性の心内膜炎などが多かったと報告されています。震災やその後の避難所暮らしによるストレスや、心臓に持病がある人が治療や投薬を受けられなかったことが、大きな要因と考えられています。30代など、若い世代の心筋梗塞も見られました。その年代での発症頻度は通常低いので驚きました。

--若い方の丈夫な心臓を脅かすほどの、ストレスがあったということですね。

髙山先生:
ストレスについては、震災の前と後とでストレスの程度を測っている報告があります。唾液中含まれるにコルチゾールというストレスがかかると増えるホルモンを調べたものですが、案の定、震災後の方で濃度が高いことが分かりました。別の報告でも、ストレスが関わっていると思われる潰瘍(胃潰瘍・十二指腸潰瘍)や、女性ではPMS(月経前症候群)やPMDD(月経前不快気分障害)などの病気が増えていました。

心の健康問題「PTSD」と震災

--ストレスと言うと、いま新たな問題となっているのは、「心的外傷後ストレス障害(PTSD:Post Traumatic Stress Disorder)」です。

髙山先生:
トラウマになるようなつらいできごとに遭うと、体からはカテコールアミンなどのストレスホルモンが分泌され、ストレスから身を守ろうとします。しかし、ストレスが長引くとこのホルモンが枯渇し、心と体に支障が出てきてしまう。思い出すと、震災後の1年半ぐらいは、東日本では毎日のように地震がありましたよね。それで、多くの方たちはつらさを整理するどころか、恐怖を呼び戻す出来事を何度も再体験することとなり、その結果、PTSDに至る人が多かったのでしょう。今回の大震災は、体だけでなく心にも大きな傷を残したということです。

--関東でも何度も地震があり、東北に住んでいなかった私たちでさえも恐怖を感じました。

髙山先生:
当院の災害科学国際研究所・富田博秋教授が、宮城県中部にある海沿いの七ヶ浜町の役場の協力のもとで、2800人の住人に対して調査を実施しています。それによると、PTSDの可能性が高い住人は30%もいました。

--世界保健機構(WHO)の調査によると、日本人で一生のうちにPTSDになる人は1.1~1.6%です。それと比べてかなり高いですね。

ストレスで生じる不調に有用な漢方

--ストレスやPTSDといった心の健康問題について、前回、漢方薬が有用なことをうかがいました。

髙山先生:
漢方的な解釈でストレスを捉えると、ストレスは生命エネルギーである「気」を消耗させるため、気が不足する「気虚(ききょ)」という状態になりやすい。また、気は「血(血液やその働き)」や「水(血液以外の体液や免疫システム)」にも影響しているので、気虚になると血が不足する「血虚(けっきょ)」や血が滞る「お血」、水が停滞する「水滞」につながります。結果として、心と体の両方に、さまざまな症状が出てきます。

気虚・血虚・水滞の症状
気虚

倦怠感、疲れやすい、食欲不振など

お血

痛み、冷えなど

血虚

乾燥、足がつる、動悸、不眠など

水滞

頭痛、めまいなど

髙山先生:
表にある症状ですが、石巻赤十字病院や東北大学病院で患者さんを診ていると、こうした症状をいくつも訴える方が非常に多いんです。漢方は、こうした症状に一つひとつではなく、全身の状態からバランスを整えて健康にしていくことのできる医学です。ですから、ストレスなどによる健康問題に対してもたいへん有用です。

--漢方の有用性を実感された例はありますか?

髙山先生:
PTSDに漢方薬がよく効いた例があります。患者さんは20代の女性で、訴えはめまいや不安感、動悸、倦怠感です。狭い場所での仕事中に震災に遭って、そこから逃げられない恐怖がトラウマとなり、余震が来るたびにホットフラッシュや動悸、不安感に襲われていました。地震酔いといわれるめまいもひどく、仕事もできない状態でした。

--この方に漢方薬を処方されたのですね。

髙山先生:
はい、西洋医学的な検査と漢方の診察をし、漢方薬を処方しました。すると1週間でめまいが改善し、不安感も軽減。余震があってもフラッシュバックを起こさなくなりました。2週間後には以前の状態に戻り、その1週間後、職場復帰を果たされました。実際、私たちが実施した臨床研究で、PTSDの可能性の高い患者さんに漢方薬を飲んでもらったところ、再体験、過覚醒など多くの症状を軽減させられることが分かりました。

--PTSDに漢方薬が役立つなんて、うれしいですね。

髙山先生:
ほかにも、避難してきた親戚とずっと一緒に暮らすストレスで、食後3時間以上ゲップが止まらなくなった10代の受験生も診ました。漢方薬で症状は改善し、無事受験を終え、合格しました。

「前向きになるため」に漢方薬を使う

--他には、どのようなケースに漢方薬を処方されましたか。

髙山先生:
いまは、不安や恐怖、地震酔い、疲労、意欲の低下、不眠などで、漢方薬を処方しています。以前からあった病気が悪化した方にも用います。病気の悪化は、かかりつけの医療機関が津波などで失われたり、お薬手帳をなくしたり、以前の居住地から離れたため、通うのが困難だったりするのが大きな原因ですが、なかには「自分だけ助かってしまった」という罪悪感で、治療に対する意欲が失われているケースがあって。そういう方にも、元気をつけて前向きになってもらうために、漢方薬を処方することがあります。

--前向きになるための漢方薬ですか。

髙山先生:
そうです。皆さん、多かれ少なかれいまも心に多くの悲しみを抱え、体調を崩されています。そういう方に漢方でできる限りのことをしたい。本当にそう思います。

--課題はありますか?

髙山先生:
心と体の健康を保つには、環境がとても大事です。漢方も含めた医療がいくら頑張っても、環境が整わなければ健康は戻りません。ところが、実際に現地に行ってみると分かりますが、被災地ではいまも生活環境が十分に整っているとは言えません。また、ストレスを晴らすためにアルコールやパチンコに依存する人も増えています。高齢化という問題も重なって、一部ではどんどん深刻になっています。

--震災から月日が経って、日常を取り戻せた人がいる一方で、まだ取り戻せていない人もいるということ、それが心と体の健康を大きく損なっていることは、私たちもしっかり心にとどめ、アクションを起こし続けることが大事なのでしょう。

髙山先生:
本当に、その通りです。

Part2 医療復興に向けての取り組み

東北大学病院が「地域医療復興センター」を設立

--被災地の病院は津波で壊滅的な被害に遭いました。

髙山先生:
宮城県沿岸部の被災地域では、大きな病院が8つありました。しかし、震災で残ったのは、石巻赤十字病院ともう一つの病院だけでした。

--病院がなくなった地域の医療はどうなっているのでしょう。

髙山先生:
石巻赤十字病院では多くの医療支援が入り、その後医師数も増え増加した医療需要の対応にあたっています。東北大学病院からもたくさんの医師が定期的に手伝いに行っています。地域の診療所も少しずつ再開し、在宅医療に力を注ぐ病院も出てきました。しかしながら、医療復興はまだまだです。

--震災が、被災地で求められる医療を考えるきっかけになっていますか?

髙山先生:
なっていますね。いまの被災地に求められているのは、先進的な高度医療ではなく、プライマリ・ケア(身近にあって、何でも相談にのってくれる総合的な医療)や救急医療です。東北大学病院では2013年1月1日に「地域医療復興センター」を設立し、被災地医療や地域医療を支える新たな試みが始まりました。

--地域医療復興センターとは?

髙山先生:
被災地をはじめとする地域の医療復興を目指すセンターです。災害医療や被災地医療を研究し、医療従事者に対する教育を担う部門や、被災地の医師の確保や学生を対象にした被災地での研修などを実施する部門、地域医療をネットワークで結び、被災地住民の健康を支援し、循環型の医師派遣をする部門など各部門がタッグを組んで医療の復興に力を注いでいます。

--ちなみに漢方もここには含まれていますか?

髙山先生:
もちろんです。医療機器がなくてもできる五感を使った診察も含め、震災で起こった多くの健康問題に対して漢方が有効であることは、今回の震災で実証済みです。漢方になじみのない医師や薬剤師などの医療者に、漢方について学ぶ機会も設けています。

--このセンターができたことで、どのような医療が可能になるのでしょう。

髙山先生:
一言で説明すれば、「切れ目のない医療」ができるようになります。例えば、東北大学から医師を地域の医療機関にローテーションで配属し、在宅医療、プライマリ・ケアを診る地域医療をバックアップします。これによって、派遣された医師もそれぞれの医療機関の持つ役割が分かり、かつ医師同士のコミュニケーションが密になるので、お互いの医療機関への紹介がスムーズになります。

--素晴らしいですね。

髙山先生:
高度な医療を扱うだけでなく、地域医療を支援する病院へ。東北大学病院が大きく変わったなと、働いていても感じますね。

医師として人を助けたい気持ちが強まった

--学生に対する「被災地体験実習」も行われています。

髙山先生:
これは、被災地に行って実際の被災現場や医療機関を見たり、関係者から体験談を聞いたりするもので、医療現場では在宅医療を体験してもらいます。東北大学病院卒後研修センター、総合地域医療研修センター、総合地域医療教育支援部が中心となって行っています。全国の医学生の有志を対象にした実習が2011年度の8月からはじまり、今年からは本校の医学生1、2年生全員にも被災地体験実習を行っています。これまでに全国からの医学生79人と、本校医学生277人が実習を受けました。

--こうした経験は大切ですか。

髙山先生:
震災の状況や地域医療の問題点を、若い人たちに感じて、考えてもらいたいというのが、一番の狙いです。津波はこの高さまで来ていたとか、整地されて跡形もなくなった草ぼうぼうの空き地とか、被災地を回って感じることで勉強にもなるし、医療に対する考え方も変わる。我々も同行するのですが、志津川防災庁舎や大川小学校を見て歩いた後は学生の顔つきが変わります。

--実習を終えた学生さんの感想は?

髙山先生:
「医師として、人を助けたいという気持ちが強まった」と話してくれた学生がいましたね。この実習を希望する全国の医学生は、もともと被災地医療や地域医療に興味を持っていますが、実習後のアンケート調査では、地域医療への気持ちがさらに強まったという結果が出ています。全国の医学生を対象とした被災地医療体験実習は、今後も継続の予定です。

--「医師として、人を助けたい」なんて心を打ちますね。

髙山先生:
それだけ実感を伴うことは大事だということです。実習では在宅医療を積極的に行う気仙沼市立本吉病院に行きますが、この病院では120件以上の在宅医療を行っています。医師や看護師に同行して患者さんの自宅を訪ね、訪問診療を経験してもらいます。また、石巻赤十字病院の屋上は周りがとてもよく見渡せます。そこで、津波で道路が寸断されたときに患者さんを搬送するにはどうしたらいいか、実際の状況を見ながら考えたりもします。こうしたことは学生の貴重な財産になると思います。

--仮設住宅にも診療所があるんですね。

髙山先生:
石巻市立病院の開成仮診療所があります。約1800世帯の仮設住宅が立ち並ぶ地区の総合運動公園内に開設されました。診療所はその中心にあるので、患者さんのほとんどが仮設住宅に暮らす方です。診療所の若い医師から仮設住宅に住む人の健康問題点について聞くと、いまもなお被災者の苦しみは続いていることがよく分かります。

被災地の新しい地域医療に期待

--今後、被災地の医療はどう変わるのでしょう。

髙山先生:
在宅医療やプライマリ・ケアができる診療所や地域の病院、少し高度な医療ができる地域の中核病院、そして大学病院のように、それぞれの機能を持つネットワークで結び、患者さんにとって最善の医療を、切れ目なく受けられるようにする。一方で、震災で経験した健康問題の状況や解決法についてしっかり分析・考察し、それを次の自然災害時に活かすことも忘れてはいけません。課題はたくさんありますが、理想とする地域医療ができると思っています。

先生のプロフィール

東北大学大学院医学系研究科
総合地域医療研修センター
准教授 髙山真先生

1997年宮崎医科大学医学部卒業。2010年東北大学大学院卒業、医学博士。2010年から半年間、ドイツのミュンヘン大学麻酔科に留学。2011年4月から東北大学大学院医学系研究科先進漢方治療医学講座の講師。2012年10月より東北大学大学院医学系研究科 総合地域医療研修センター 准教授(現職)。
所属学会:日本内科学会認定内科医、総合内科専門医、日本循環器学会循環器専門医、日本東洋医学会漢方専門医、指導医、日本温泉気候療法物理医学会温泉療法医、日本プライマリ・ケア連合学会プライマリ・ケア認定医

(2014年2月取材)