ようこそ、生薬のふるさとへ 群馬県編
〜山々から吹き下ろす風が、良質な生薬を育む〜
漢方薬は、植物や鉱物など自然の恵みである生薬から生まれた薬。ツムラの原料生薬となる薬用植物のいくつかは、主に日本国内6カ所で栽培されています。今回はその生産地の一つ、群馬県沼田市を紹介します。
動画 漢方薬のふるさとを旅する 群馬県編
“からっ風”が生薬栽培に最適
清らかな水と爽やかな風、そして水はけの良い土壌は、生薬栽培に欠かせない条件です。それらを兼ね備えた土地の一つが、群馬県。
高い山に囲まれ、昼夜の寒暖差が大きい群馬県は、こんにゃくやレタスなどの野菜や果樹の栽培が盛んな土地。なかでも、東北部に位置する利根沼田地域は、利根川の豊かな水と肥沃な土壌に加え、新潟県との県境に位置する谷川岳から吹き下ろす冷たい“からっ風”が生薬栽培にとって最適の環境。近年、生薬を栽培する農家が増えている地域です。
国道120号線を走ると、すぐそばを流れる利根川の支流・片品川の流域に、日本一と言われる「河岸段丘」の絶景が現れます。水の流れが形作った美しい段丘は、沼田地域の人気の観光スポットの一つ。高台のビュースポットなどからは、自然が長い時間をかけて創りだした悠大な風景を望むことができます。
今回訪れたのは、ちょうどリンゴの収穫が始まる季節でした。リンゴ農園にお邪魔すると、重さでしなって横へ横へと伸びた枝に、大きく育った真っ赤なリンゴが、たわわに実を付けていました。沼田地域では果物栽培が盛んで、春になればモモやサクランボ、秋にはリンゴやカキと、四季折々のフルーツを楽しめます。
伊勢エビのように太い根に育てる
沼田で生薬の一種・当帰(とうき)の栽培を手掛ける農家の南輝雄さんの畑にお邪魔すると、畑から爽やかな香りがほんのり漂ってきました。
当帰はセリ科に属する生薬で、セロリに似た香りを持つのが特徴。身体を温めながら血流を改善する効果がある当帰は、冷え症でむくみやすい人の生理不順などに効く「当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)」、イライラや不安が強い人の更年期症状などに効く「加味逍遙散(かみしょうようさん)」、てのひらがほてる方の更年期症状に効く「温経湯(うんけいとう)」など、女性ホルモンの変動に伴う心身の不調を改善する漢方薬に多く配合されています。
「昼夜の寒暖差の大きさが、農作物を大きく育てる秘訣」という南さん。当帰の場合、生薬となる根の部分が伊勢エビのように太く立派に育っている状態が理想なのだそう。
南さんは夏場にはトマトを、冬場には当帰を栽培・出荷しています。今季は200アールの畑で当帰を作付け。毎年11月頃に畑から掘りあげると、出荷を終えたトマトのビニールハウスに移して乾燥させます。
「冬場、この辺りに吹く“からっ風”という冷たい風が、当帰を乾燥させるには最高なんです。真冬はビニールハウスに入れて、ハウスの側面を少し開けておけば風が通り自然に乾燥していきます。それに当帰は寒さに強いから、冷え込んだからといって暖房をつけてやる必要もありません。群馬の気候にとても合っている作物ですね」
南さんの場合はトマトですが、この地域は、もともと栽培が盛んなこんにゃくと当帰の連作を行なっている農家が多いそうです。土壌消毒をするこんにゃくと輪作することで、除草剤を多く使わなくても、健康な当帰を育てることができるのです。
花を咲かせつつ、咲かせすぎない
当帰栽培で難しいのは“育苗”のプロセス。南さんはその育苗の名人として、地域で一目置かれる存在です。「当帰は、もともと発芽率が低い生薬であるうえ、水加減や種をまく時期などの見極めが難しい。自分の畑の土壌を把握し、水分量や温度を考えるなど、経験を積み重ねて、4、5年かけてやっと自分の苗ができるようになった」と振り返ります。
無事に苗が育ち、畑に植え付けたあとも難関が続きます。
当帰は白く可憐な花を咲かせますが、花が咲くと栄養が根に回らず、太い当帰ができなくなります。つまり、肥料を与えすぎて、花を咲かせすぎてもいけないし、肥料が少なすぎても根が太らない。“花を咲かせつつ、咲かせすぎない”塩梅が非常に難しいそう。「当帰の色や大きさを見ながら肥料のやり時を判断する」。そんなさじ加減の見極めは、まるで職人のよう。
「農家ってみんなそうですよ。やっぱり、いいものを作りたい。いいものができると、うれしいじゃないですか。当帰を買ってくれた人に、『こんなでっかい当帰は見たことがない』と言われるとうれしい。利根沼田地域の当帰は品質も優れていて、漢方にしてもいいものができると聞くと誇らしいですね」。こう南さんは胸を張ります。
南さんが当帰を作り始めたのは、約15年前。出会いは、JAに貼られた栽培農家を募るチラシでした。当時はまだ、当帰の作り手がほとんどいなかったそうですが、「誰もやってないことに挑戦するのが好き」という南さんの闘志に火を付けました。農家の意見や要望を聞くため、頻繁に生産農家に足を運ぶというツムラの担当者も、最初こそ南さんに当帰栽培のアドバイスなどを行なったものの、「この頃は、逆に長年の経験から教わっている」と言います。
当帰栽培を始めるにあたり、南さんの背中を強く押したのは、妻・けい子さんでした。乾燥すると軽くなり、女性や高齢者でも扱いやすい当帰。「男の人の手と機械がなければ作業ができない作物もありますが、当帰栽培はとにかく身体が楽」なのだそう。「当帰の仕事は大好きだし、楽しい。夫が不在の時も作業できる点がありがたい」とけい子さんの笑顔が弾けます。
女性のための薬効に優れた当帰は、農作業面でも女性にやさしい生薬なのでした。
漢方薬のふるさとを旅する 群馬県編
群馬県沼田市の清らかな水と爽やかな風、そして水はけの良い土壌は当帰の栽培に適しています。ぜひご覧ください。