生薬生産地紹介

ようこそ、生薬のふるさとへ 高知県編
〜生薬を育む、美しい清流の里〜

漢方薬は、植物や鉱物など自然の恵みである生薬から生まれた薬。ツムラの原料生薬となる薬用植物のいくつかは、主に日本国内6カ所で栽培されています。今回はその生産地の一つ、高知県越知町を訪問しました。

動画 漢方薬のふるさとを旅する 高知県編

「奇跡の清流」が注ぐ畑へ

仁淀ブルーと呼ばれる美しい青色が見られる滝壺

高知龍馬空港に降り立ち、車で30分ほど走ると、青く輝く水面が姿を見せます。山道に沿って緩やかに蛇行しながら、深い青や緑に表情を変える仁淀川(によどがわ)。川辺に下りてのぞき込むと、澄んだ水の中に泳ぎ回る魚の姿が見えます。「奇跡の清流」と呼ばれるのも納得の透明度です。

流域の町では、カヌーやラフティングといったアクティビティに挑戦したり、花や渓谷にかかる沈下橋(ちんかばし)を見ながら散策したりと、癒やしの時間を過ごすことができます。“仁淀ブルー”と呼ばれるこの清流の美しさを堪能できる代表的なスポットが「にこ淵(ぶち)」。日光の照射角度で刻々と表情を変える滝壺は、正午頃に最も明るく輝き、水しぶきが小さな虹を作ります。

ここは、高知県の中央部に位置し、豊かな自然に恵まれた高知県越知町(おちちょう)。西日本最高峰の石鎚山系の森から太平洋に流れ込む四国第3の河川・仁淀川の上流に、長年にわたり薬用植物を育んできた生産地があります。

大雨の時には川に沈むという沈下橋は観光名所の一つ

手間を惜しまず、真心を込めて栽培

一面に広がる柴胡が、かすみ草のような可憐な花をつけている

越知町中心部からさらに山道を上がった場所に、薬用植物の畑があります。森の中を進み、視界が開けたところに黄色い小さな花をつけた柴胡(さいこ)が広がっていました。その先に周囲の山々の頂を望む光景は、まるで天空に浮かんでいるかのようです。

「柴胡の畑は標高200~300メートルのところにあり、南向きで日当たりがよく、風通しもいい」と紹介してくれたのは、同町の農事組合法人ヒューマンライフ土佐の高橋昌彦代表理事。そして何といっても、きれいな水が柴胡の栽培には欠かせません。「傾斜があって水はけもよいこのあたりは、昔から根菜類を育ててきた畑作地帯なのです」

ヒューマンライフ土佐の高橋昌彦代表理事

柴胡とは、ツムラが製造販売する129処方のうち、40処方以上に配合されている代表的な生薬の1つ。日本での栽培の歴史は古く、江戸時代には東海道を上下する旅人が、お土産として生薬の柴胡を購入することが慣わしであったとされています。月経関連の症状や更年期の症状をはじめ、女性ホルモンの変動に伴うイライラなどに効く加味逍遙散(かみしょうようさん)や、疲れやすさや胃腸の働きを改善する補中益気湯(ほちゅうえっきとう)などに使われています。

越知町では約30年前から柴胡の栽培を手がけ、原料生薬として出荷しています。毎年2月から3月にかけて種をまき、収穫は12月頃。約半年間、柴胡の根に養分が行き渡るよう、除草などこまめに管理する日々が続きます。

「夏には雑草の勢いが増してきますから、やはり草取りが大変ですね」と話すのは生産者の1人、橋詰眞二さんです。柴胡の根を傷めてしまわないように配慮しながら、雑草を引いていきます。体をかがめて草を引く姿勢は腰に負担がかかるに違いなく、とりわけ暑い時期の作業はひと苦労でしょう。妻の節さんは「でも生姜(しょうが)に比べて軽いので、女性や高齢者にも扱いやすいんですよ」といいます。加えて、イノシシやタヌキ、小動物などは柴胡を食べないため、多くの農村地帯が頭を悩ませている獣害の心配もないそうです。

長年柴胡の栽培を手掛けている農家、橋詰眞二さんと節さんのご夫妻

年末から年明けにかけては収穫の時期。それぞれの農家が自宅の土間などで生薬になる根を手作業で切り分けていきます。さらに、根についた泥や砂を水で丁寧に洗い流してしっかりと乾燥させます。出荷を迎えるのは2月頃。種まきから出荷まで、一つひとつの工程を丁寧に、心を込めて作業して原料生薬として出荷されるのです。

台風被害が栽培技術を進化させた

柴胡の根。良質な生薬になるよう草取りや摘芯などで手をかけていく

今では越知町にしっかりと根ざしている柴胡ですが、当初は栽培のコツが手探りで苦労も多かったそうです。普及の大きな転換点になったのが、「摘芯(てきしん)」という栽培技術の発見でした。

摘芯とは、茎の成長点を刈り取って脇芽を伸ばしていく作業のこと。成長に合わせて摘芯をすることで、根にしっかりと栄養が行き渡り、太く良質な生薬に育ちます。今では定期的な摘芯が柴胡の栽培技術として確立されていますが、越知町でその効果を発見したのはまったくの偶然だったといいます。

「柴胡の試作を始めた翌年に台風に見舞われ、栽培中の柴胡が倒れてしまった。そこで茎の上のほうをカットしてみたところ、その茎だけ太く育っていることに気づいたのです。その出来事がヒントになり、摘芯の技術開発が始まりました。適切な摘芯を行うことで、柴胡の生産量は10~20倍に急増したんですよ」と高橋さん。さらに、昔から越知町で作られてきた生姜との輪作が可能なことも魅力でした。水と光に恵まれた自然条件と生産者のみなさんの工夫によって、柴胡の栽培は広がっていったのです。

ヒューマンライフ土佐では、このほかにも山椒(さんしょう)や橙(だいだい)といった薬用植物も栽培し、ツムラに出荷しています。「心を込めて栽培した生薬が漢方薬になり、全国の患者さんを治していると思うと誇らしい」と橋詰さんは頬を緩ませます。

ヒューマンライフ土佐はまた、ツムラ、高知県、越知町の4者で協働し、地元中学生を対象とした薬草の採取体験や漢方薬について学ぶ場を提供する「協働の森づくり事業」にも取り組んでいます。持続可能な生薬の栽培と環境保全を目指し、未来を担う人材を育てることが目的です。多くの人の健康を守る越知町の薬用植物は、地域の活性化に貢献しながら、しっかりとこの地に根を張っていました。

薬用植物の栽培に携わっているヒューマンライフ土佐で働くみなさん。おそろいのスタッフTシャツも作っているそう

漢方薬のふるさとを旅する 高知県編

仁淀川の美しい流れや、生産者のみなさんの様子を動画でも紹介しています。ぜひご覧ください。

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