男性の健康問題にも漢方が有用
男性の健康を損なう理由には、男性ホルモンの量が減少することで起こるものと、別の要因が主たる原因で起こるものとがあります。ただ、最近ではうつや疲労、心筋梗塞など別の要因で起こる健康問題のなかにも、男性ホルモンの減少や加齢が関わっている可能性があることが、報告されています。
こうした男性の健康問題では、漢方が役立つことが多々あります。
漢方では、加齢などによって活力がみられなくなった状態を「腎虚(じんきょ)」といいます。ここで示す「腎」は、腎臓という臓器そのもののことではなく、「人間の生きる力、生命力」といった概念的なものを指します。髪が白髪になり、難聴や耳鳴り、老眼などが起こるのも、腎虚によるものですし、不妊や無精子症、EDなどの生殖機能の異常、尿のトラブル(頻尿など)も代表的な腎虚の症状といえます。
足腰が弱くなる
精力が減退する
脱毛
尿の出に勢いがなく、スムーズでない
トイレが近い
歯が悪くなる
視力が落ちる
忘れっぽくなる
こうした腎虚の症状を改善する漢方薬が「補剤(ほざい)」と呼ばれるものです。代表的な処方は、補中益気湯(ほちゅうえっきとう)や八味地黄丸(はちみじおうがん)、牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)です。
補中益気湯は、高齢期による腎虚のほかにも、産後や病後の体力が低下しているときに用いられる処方です。滋養強壮作用や水分代謝の改善作用、血行をよくする作用、胃腸の働きをよくする作用を持つ生薬からできています。処方名に「中」という漢字が含まれていますが、これは胃などの消化器官を示す言葉で、胃の状態を改善して、体力をつけ、生命力を上げるための処方なのです。
八味地黄丸、牛車腎気丸は、まさに男性の高齢期に伴う、さまざまな症状(かすみ目、しびれ、尿漏れ、腰痛など)に用いられることの多い処方です。八味地黄丸に牛膝(ごしつ)と車前子(しゃぜんし)という生薬を加えたのが牛車腎気丸。その名の通り、「腎」に効かせる処方です。また、近年の研究では、牛車腎気丸には、末梢の血流の改善に有効であると認められています。
ほかにも、抑うつ症状や気力の減退、ストレスによって下痢や便秘がおこる過敏性腸症候群(IBS)、動悸、前立腺肥大症に伴う排尿困難、生活習慣病など、さまざまな症状・病気に、漢方薬が使われることもあります。 漢方薬というと「女性の健康に欠かせないもの」というイメージがありますが、男性の健康改善にも、漢方薬はたいへん有用なのです。
補中益気湯(ほちゅうえっきとう)
八味地黄丸(はちみじおうがん)
牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)
半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)
加味逍遙散(かみしょうようさん)
柴胡加竜骨牡蛎湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)
桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)
抑肝散(よくかんさん)
十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)
葛根湯(かっこんとう)
麻黄湯(まおうとう)
香蘇散(こうそさん)
など
男性と冷え
冷えというと、女性の悩みという印象がありますが、実は男性にも冷えがあります。これもやはり「腎虚」によるものです。
問題は、男性は女性よりも「冷え」を感じにくいということです(ただし、今の20代、30代の男性のなかには、冷えを自覚する人が増えているとも言われています)。
そのため、冷えが漢方の概念である「気・血・水(き・けつ・すい)」にも影響を及ぼして、気虚(主に自律神経の働きの低下)や水毒(すいどく:水分代謝や免疫のシステムなどが低下した状態)といった、さまざまな病態をもたらしていても、なかなか症状として自覚できないため、症状が長引いてしまいがちなのです。
めまい、耳鳴り、足腰が重い・だるい、寝汗、意欲がない、下痢、胃腸が弱い、トイレが近い、汗をかく、ほてるなど
ちなみに、男性の冷えの原因として挙げられるのは、体質的なものよりもむしろ、ストレス、運動不足、喫煙など、生活習慣による問題です。加えて、加齢や、男性ホルモン減少によって生じる男性更年期では、全身の機能が低下しやすいため、冷えやすい状況を作っていると考えられています。
こうした冷えに伴う症状の改善に漢方薬はたいへん有用です。
冷えのある方に使われる漢方薬は、八味地黄丸、牛車腎気丸、桂枝茯苓丸、などその人の症状や体力の有無などによって、処方が異なります。同時に、生活習慣の見直しも必要です。タバコを吸っている人はまずは禁煙をしましょう。運動習慣をつけ、食事の内容にも気を付けたいものです。
※冷えの改善方法については、悩み別漢方「冷え症」をご覧ください。
監修医師
順天堂大学医学部・大学院医学研究科 教授順天堂医院総合診療科
漢方先端臨床医学 小林 弘幸 先生
1960年、埼玉県生まれ。スポーツ庁参与。順天堂大学医学部卒業後、同大学大学院医学研究科修了。ロンドン大学付属英国王立小児病院外科、トリニティ大学付属小児研究センター、アイルランド国立小児病院外科での勤務を経て、順天堂大学医学部小児外科講師・助教授などを歴任。