「天気で体調が悪くなる」は気のせいじゃない
〜気象病・天気痛とは〜先生のプロフィール
中部大学大学院教授、愛知医科大学客員教授 佐藤 純 先生天気痛ドクター・医学博士。日本慢性疼痛学会認定専門医。中部大学生命健康科学研究科教授、愛知医科大学客員教授。
1958年福岡県生まれ。1983年に東海大学医学部を卒業後、名古屋大学大学院で疼痛生理学、環境生理学の研究をスタート。1987年、米ノースカロライナ大学に留学し、慢性疼痛と自律神経系の関係について研究を行う。名古屋大学教授を経て、2005年より愛知医科大学病院・いたみセンターで日本初の「気象病外来・天気痛外来」を開設。東京竹橋クリニックにて気象病・天気痛外来医としてオンライン診療も手がける。
幼い頃から気象や宇宙には関心があって、雲や天体の写真集を見るのが好きな少年でしたね。父親が外科医だったことから影響を受け医師になったものの、やはり興味の先は気象や宇宙医学。宇宙飛行士になりたいという夢もあり、名古屋大学環境医学研究所の大学院生として環境医学の研究をはじめました。
慢性痛をライフワークにしようと思ったきっかけは、アメリカ留学です。大学院で師事した先生が自律神経と痛みの大家だったこともあり、留学先では慢性痛と自律神経の関係を研究する機会をいただきました。なぜストレス下で交感神経が緊張すると痛みが強くなるのか。当時はその機序があまりわかっておらず、動物実験などをしながら交感神経と痛みの関係を調べていたわけですが、そのときに痛みの奥深さを知り、生涯のテーマにしようと思ったのです。
帰国してからは、名古屋大学環境医学研究所で助教として研究をしながら、名古屋市立大学病院の痛み外来で、週に1回、患者さんを診させていただくようになりました。慢性痛のことをもっと知るには患者さんと接する必要性を感じたからです。そのなかで関心を持ったのは、〝気象と体調の関係〟でした。
診察室で患者さんに問診をすると、けっこうな数の方が「天気が崩れると具合が悪くなる」と話される。「頭痛がひどくなる」とか、「関節が痛くなると」とか、ですね。もともと気象や天体が好きだったこともあって、これは「気のせいで片付けられる問題じゃない」と思ったのです。気づいたら30年、天気痛、気象病についてずっと研究を続けています。
若い女性に多い気象病「思った以上に深刻」
実は気象と体調の関係って、昔から言われていたことなんです。「天気が悪くなると古傷がうずく」など、聞いたことはないでしょうか。
でも実際はそんなレベルの話ではなく、状況はとても深刻です。
15年前から、愛知医科大学病院の痛みセンターで外来を持っていますが、来院される75%が頭痛を訴える女性で、平均年齢は38歳です。私が診ている一番小さい子は5歳。全体の5人に1人が小中高校生で、天気が悪くなると頭が痛くなって、不登校になってしまう子もいます。
大人でも頭痛のため仕事を辞めざるをえなくなるなど、人生を大きく左右するような問題に追い込まれています。天気痛は気のせいどころか、社会的な問題なのです。
患者さんのほとんどが、自分の力ではどうにもできない気象変化に左右されていることに気付いています。でも、そう訴えても他人にはなかなか理解してもらえない。
そういう方たちが外来にかかって、こちらが気象病の話をすると、「もしかしたら病気が治るかもしれない」って希望を持ってくれます。顔がぱーっと明るくなる方もいますし、涙を流される方もいます。親子で「よかったね!よかったね!」と言い合って診察室を出て行かれたこともありました。
天気痛は内耳にある「気圧センサー」の過敏が原因?
では、なぜ天気で体調が悪くなるのか。その仕組みについて少し説明しましょう。
天気は、大きく「温度」と「湿度」と「気圧」という3つの要素で構成されます。このなかで私が注目しているのは気圧です。
寒くなると関節が痛くなるとか、湿度が高いとイライラするとかといったことを経験した人もいるでしょうが、気圧の変化というのは日常ではなかなか気づかないもの。わかるとしたらエレベーターに乗ったときや、飛行機や新幹線に乗ったときぐらいです。
私は、子どもの頃から天気図を描いたりしていたので、晴れたり風が吹いたり雨が降ったりといった気象は二次的な現象で、最も重要なのは気圧の上下だと考えていました。実際、患者さんが「天気が崩れる前に悪くなる」などと話されますから、やはり「気圧の変化がメインの原因」なのでしょう。
ただ、気圧の変化といっても本当に微々たるもので、気圧が高いからといってカラダが縮むこともなければ、その逆もありません。よくお菓子の袋が膨らんだり縮んだりする様子がよく紹介されますが、あれは極端に気圧を上げ下げしたもので、日常ではありません。
天気痛は物理的にカラダが変形するから起こるのではないとしたら、一体何が原因なのか。
私が考えたのは〝気圧を特殊な感覚として拾っているセンサーがカラダに存在していて、それが反応することで脳や自律神経に影響が及ぶ〟というメカニズムです。実際、そのセンサーは、内耳にあると推測しています。
そのセンサーが過敏な人だとちょっとした気圧の変化でも反応し、その結果、天気痛というかたちで顕在化する、というわけです。
内耳のむくみ、漢方の「水毒」と天気痛の関係
そして、内耳のセンサーに影響を及ぼすのが水分代謝で、内耳の浮腫(ふしゅ)が原因ではないかと考えています。実際、そう考察するのには理由があります。
受診される女性のほぼ全員に、足のむくみや冷え、舌(ぜつ)のむくみが見られます。話を聞くと、食事のときに舌や頬の裏側をよく噛んだり、尿の量が少なかったりという人がほとんどです。とにかく水分代謝が悪く、漢方でいうところの「水毒(すいどく)※」体質の人が多いのです。
女性の場合は、ホルモン周期などの影響で水分代謝が大きく変わります。その周期と気圧センサーの感受性がリンクしてしまうことで、天気痛が起こりやすいと考えられるのです。
そのため、私の外来ではほぼ100%、最初に水分代謝を改善する漢方薬の五苓散(ごれいさん)を処方します。そこに患者さんの体質や訴える症状に応じて、呉茱萸湯(ごしゅゆとう)や半夏白朮天麻湯(はんげびゃくじゅつてんまとう)、苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)、抑肝散(よくかんさん)、人参湯(にんじんとう)、あるいは西洋薬の抗めまい薬を追加します。
こうした処方と、必要であれば痛み止めを飲むことになります。ただ、患者さんのなかには、痛み止めの飲み過ぎによる頭痛(薬剤の使用過多による頭痛)を引き起こしている方もいますので、できるだけ痛み止めに頼らない工夫は大事だと思っています。最近では漢方薬をうまく使うことで、こうした急性期の痛みに対しても対応できることがわかってきました。
※「水毒」…漢方の見立てのひとつ。水分代謝や免疫のシステムなどが低下し、カラダがむくんだ状態。
「漢方+セルフケア」で気圧の変化に負けないカラダに
気象病で悩んでいる人のなかには、季節によって体調が変わる人が少なくありません。その人の訴えをお聞きしたうえで、それに合わせた処方を季節ごとに変えていきます。
患者さんから話を伺うと、漢方薬を飲み始めると尿の量が増えたり、起床時のむくみがなくなっていたり、何らかの体調の変化を感じるようです。また、それと一緒に気圧変化を感じにくくなるだけでなく、耳の特有の症状――めまい感や耳が塞がった感じ、耳鳴りなどが軽くなっていくようです。
薬の服用と同時に、セルフケア※もがんばってもらいます。
お勧めしているのは、「くるくる耳マッサージ」や「ツボ(完骨)押し」「タオル体操」「天気痛改善ストレッチ」など。これらを続けることで、耳の血流がよくなっていきます。
また、自律神経のバランスを調整するという意味では、睡眠をしっかりとる、朝食はしっかりとる、日を浴びてセロトニンをたくさん分泌させるといった生活指導もします。こうすることで、気圧の変動に負けないカラダを作ることができます。
※「くるくる耳マッサージ」と「ツボ押し」は先生のセルフケアアドバイスにて紹介しています。
最近の天気予報は、気圧についてかなり詳細に説明するようになりました。昔は、高気圧と低気圧しか載っていませんでしたが、今は等圧線にヘクトパスカルまで書かれるようになっています。テレビのお天気ニュースなども参考にして、自分はどんなときに体調を崩すのか客観的に知ることも大事で、それがわかると事前に対策を取ることもできるようになります。
天気痛の第一人者から漢方ビュー読者にメッセージ
日本で天気痛や気象病のような症状を持っている人は1,000万人ほどいるといわれています。自分だけで悩みを抱えず周りに話してみたら、案外、「私もそうなの」と言ってくれる人がいるかもしれません。
まずはそんな方々とつながって、体験を共有する。なかには自分に合った対策をとっている方もいると思うので、そういう情報を上手に取り入れるのもいいでしょう。
この病気は女性が多いという話をしましたが、女性特有の痛みや不調も含めて、女性のたいへんさって、男性にはわからないところが多いんですね。それにもかかわらず、男性が作ったガチガチの社会の中で女性は仕事をしている。女性は男性よりも何倍も苦労しています。
女性の患者さんと話をしているとわかりますが、みんな本当に頑張っています。それを自分事にとどめないで、「私たちが活躍するためにも、この病をもう少し考えてほしい」と、声を大にして言ってほしいのです。女性がもっと生きやすい社会にしていかないといけません。天気痛、気象病を診る医師として、応援していけたらと思っています。
佐藤純先生のセルフケアアドバイス
くるくる耳マッサージ
ツボ押し
※掲載内容は、2023年2月取材時のものです。