先生のプロフィール

大阪医科薬科大学 医学部 外科学講座胸部外科学教室 講師 神吉 佐智子 先生

大阪医科大学(現:大阪医科薬科大学)卒、大阪医科大学 大学院修了 博士(医学)。大阪医科大学外科学講座胸部外科学教室に入局。米国ハーバード大学(医学部)留学を経て、大阪医科大学 外科学講座胸部外科学教室 助教。2020年より、大阪医科薬科大学 医学部 外科学講座胸部外科学教室 講師。学校法人大阪医科薬科大学 女性医師支援センター副センタ―長 兼務。

神吉 佐智子先生

厚生労働省の統計によると、医師における女性の割合は2割強、心臓外科医(病院)になるとわずか7%です(※)。そのうちの一人が今回、お話をうかがった神吉佐智子先生です。
ご自身の体験をもとに性差医療や漢方の役割をお聞きするとともに、頑張る女性たちに向けて温かいメッセージをいただきました。


※令和2(2020)年医師・歯科医師・薬剤師統計の概況 https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/ishi/20/dl/R02_kekka-1.pdf

野口英世に影響「誰かを救う人になりたい」

神吉 佐智子先生

小さい頃は病気がちで、小学校時代は入院と退院の繰り返し。手術も受けたことがあります。医師になりたいと思ったのはその頃で、入院中に読んだ野口英世や北里柴三郎、キュリー夫人の伝記の影響が大きかったですね。
この人たちみたいに誰かを救う人になりたいと思ったのです。当時は「発展途上国に病院を建てるんだ!」って本気で考えていました。

外科医を選んだ理由は、いくつかあります。
一つめは、私自身、小さい頃に手術を経験していたため、それほど外科が怖いという印象がなかったこと。二つめは性格がサバサバしているので、外科医に向いていると思ったから(笑)。三つめは、心臓や血管という臓器や器官に興味があったという点です。
そして一番大きな理由は、「世の中には男女が半分ずついるんだから、女性の外科医も同じくらいなくてはいけない」と思ったからですね。
考えてみるまでもなく、心臓病を患うのは男性だけではありません。男性医師の目線や考え方で説明をされても、女性の患者さんからみたら腑に落ちないことだってあります。だからその足りていないところを私が埋めよう……。当時はそんな感覚でした。

心臓外科では「負けたくない」という気持ちに

心臓外科は、狭心症や心筋梗塞、大動脈瘤(りゅう)破裂といった心臓や血管の病気を扱います。救急車で運ばれてくるケースも多く、それは夜間も変わりありません。
当直で仮眠を取っていても、救急隊から連絡が入ると、カーッとアドレナリンが出て、「よし、助けるぞ!」みたいな感じでスイッチが入ります。
所属していた大学の医局には当時、女性の心臓外科医がふたりおられましたが、関連病院には女性外科医が少なく、そのためか、「女は、とりあえずいらん」という雰囲気がありました。厳しい先生からは、男性の倍頑張るように言われたこともありました。だからこそ、同僚の男性医師には負けたくないという気持ちで頑張っていました。

手術は1回の手術で10時間くらい立ちっぱなしのこともあり、体力勝負なところも大きかったです。
一方で、患者さんやご家族とお話をするときは、自分らしさや女性であることを生かせる現場でした。
心臓病は、難病や先天性のものを除けば、多くは生活習慣病の延長、あるいは加齢の影響で起こります。つまり手術で病気を治しても、今まで通りの生活を続けていたら、やはり進行したり再手術が必要な状態になってしまう。
だから、そこの点は口を酸っぱくして言っています。必死で説明するし、ときには厳しく言ったりもします。「あのとき、先生にきつく言われて目が覚めた」と言って、生活習慣を変えてくれた患者さんもいましたね。

アメリカ留学をきっかけに興味を持った「漢方」

神吉 佐智子先生

漢方について最初に学ぶ機会を得たのは、大学のときです。
大学にあった東洋医学研究会に入ったんです。研究会が実施する合宿では、小青竜湯(しょうせいりゅうとう)について発表しました。当時は模造紙に構成生薬や効能など、調べたことを書いて。かなり充実した研究会でした。
とはいえ、まだ大学生。西洋医学のこともまだ十分理解していないのだから、漢方なんてちんぷんかんぷん。そんな状況のまま終わってしまった感じでした(笑)。追い出しコンパの時に、当時の部長であった大澤仲昭先生(当時第一内科教授)から「まずは西洋医学をしっかり勉強しなさい」とのお言葉をいただき、ほっとしたことを覚えています。
実際、心臓外科では漢方が出てくる余地はなく、漢方を改めて学ぶのは少し先になってからでした。

実は漢方に再び興味を持ち始めたのは、医師になって8年目にアメリカへ留学したときです。そのとき、たまたま研究室のメールに鍼灸や漢方、気功といった西洋医学以外の医療を扱う統合医療のセミナーのお知らせが届いたんです。
アメリカでは、日本のような国民皆保険制度がないため保険料が払えず、西洋医療や先端医療が受けられない人たちがいます。そのような人たちの代替手段として、統合医療というものが発展していきました。この状況を見て、再び漢方に興味を持ったのです。そして、日本に帰国した後、漢方についてしっかり学び始めました。

生理痛や緊張性の腹痛に漢方薬が効いた

心臓の手術では、術前には下剤を、術後には痛み止めなどを使います。ほとんどは決まった薬で、有効性と安全性がしっかり担保されたもの。そういう意味では、術前や術後の患者さんに漢方薬を使うことに関して、心臓外科医はとても消極的です。
そこで、まずは自分の体調管理として漢方薬を服用してみることにしました。
学問として頭で理解するのと、実際に患者さんに使うのとでは違います。安全性と効果について、自分の体で確かめようと思ったのです。

実は私は昔から生理痛がひどく、加えて緊張性の腹痛もたびたび起こっていました。こうした痛みに対して、これまでは西洋薬の痛み止めを服用していたのですが、それを私の証(※)に合った漢方薬に変えてみたところ、かなり症状が改善されたのです。
それ以来、痛み止めの常備薬として、漢方薬は欠かせないものとなりました。

※漢方薬を処方する際に必要な、その人の体質や状態を示す“ものさし”

もう一つ、ニキビも漢方薬で改善しました。
これは私自身の見立てではなく、漢方に詳しい皮膚科医の診断で処方していただいたものです。こちらも私にぴったりで、以来、ニキビで悩むことはなくなりました。

外科医は体が資本。医局仲間に漢方をすすめることも

こうして自分で実感してからは漢方を少しずつ、診療に取り入れるようになりました。化膿しやすい体質を持った患者さんに漢方薬を使ったところ、皮膚の症状が軽快しました。
また、心臓病を患う方には高齢者が多く、10種類近くもの薬を処方されるポリファーマシー(多剤処方)が問題になっています。そうしたポリファーマシーの対策としても、多彩な症状に有用な漢方薬が使えるのではないかと、最近は考えています。

医局の医師にも漢方薬をすすめることもあります。
心臓外科医って一匹狼というイメージですが、実は完全なチーム医療。外科医と麻酔医、看護師らが一丸となって手術に臨みます。自分が不調を抱えているとチーム医療は成り立ちませんから、スタッフの健康はとても大事。「ちょっと風邪っぽい」「ちょっと疲れがとれない」などと相談されたら、漢方薬を出すようにしています。

神吉 佐智子先生

心臓病にも性差がある。もっと自分の体を知って

私が今かかわっているGo Red for Women®(※)では、女性のための心臓病の予防や啓発活動を行っています。
心臓外科医になって気づいたのは、心臓病にも性差があるということ。
例えば、大動脈瘤(りゅう)という病気がありますが、これは男性のほうが多いものの、女性の場合は小さい瘤でも破裂しやすいことがわかっています。そのため、ガイドラインにも性差を考慮するようにと明記されています。
手術でも性差があります。例えば心臓血管手術には血液をサラサラにする点滴をすることが多いのですが、生理中は出血量が増えてしまう。だから、緊急的に手術が必要でない限りは生理のタイミングを除いた時期に手術をしたほうがいいのですが、そういう視点は男性医師には乏しいと感じます。
そうしたことをもっと多くの女性に知ってもらいたい。そう思いながら、Go Red for Women®の活動を続けています。

思い返すと、私の20代、30代は「男性社会に入れてもらったからには精一杯やります。男性並みに働きます」と頑張っていた。生理痛がひどくても薬を飲んで耐えていました。
でも、今は違います。生理休暇で休めるようにもなっている時代。男性と女性とではさまざまな点で違いがあるのだから、そこは無理をしなくていいと思います。
自分の体をよく観察して、生理前で調子が悪くなりそうだから、仕事を早めに切り上げよう。友だちに誘われたけれど飲みに行くのはやめて、早めに寝よう。そうやって自分の体に意識を向けてほしいですね。

※女性のための循環器病予防・啓発プロジェクト Go Red for Women Japan® https://grfw-j.j-circ-assoc.or.jp/

※掲載内容は、2024年3月取材時のものです。

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